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あるコロンビア売春婦と一年間恋人関係にあった私は、不法滞在で強制送還された彼女を追いかけてコロンビア本国に渡って彼女の家を訪ねた。そこで見たものは…
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 N市を出て、新宿に向かうルートをとった。「あなた、仕事なに?」とクリスが聞くので、正直にライターだと答えた。「おお、頭いいね」とクリスが言った。コロンビアでも、ライターはインテリの部類に入るらしい。

  でも、これほど危険な職業もないらしく、前に短期間付き合ったニコルの友だちにペリオディスタ(記者)だといったら、「危ないね」と言った。麻薬撲滅の先頭に立っているジャーナリストなど、すぐにマフィアのターゲットにされて殺されてしまうかららしい。

 彼女たちの好きそうな、ノリのいいメレンゲをカーステレオでかけながら、「新宿のどこにいく?」とクリスに聞いた。メレンゲというのは、サルサよりもリズムの早い、コロンビアーナたちの大好きなダンスミュージックだ。ラテン系ディスコでは必ずかかっている。

  やはり、「ディスコ」と言う。「ディスコどこ?」と、さらに聞くと、「エルソン・ラティーノ」と言った。

 反射的に「だめ。あそこ俺、嫌いだから行きたくない」とわたしは言った。十日ほど前、この店に行って、釣り銭を誤魔化され、店とケンカをしたのだ。

  夜中に日本人の友だちと二人で入り、ビールを二本頼んだ。代金は二千円なのだが、細かい金が無かったので、一万円札を出した。しかし、いつまで経ってもお釣りを持ってこない。

  業をにやして、お釣りを請求したのだが、ラティーノの店員は「お前の出したのは千円札だ」という。もし、本当に千円札だと思っていたのなら、すぐに足らないといって請求されるはずだ。しかし、十分以上経っても請求されなかった。

  一万円札を渡したときに、店員がニヤッと笑ったのを覚えている。確かに、店の中は薄暗いので札は見えにくいが、財布から金を出すとき、ちゃんと残りの金をチェックしている。それが分からないほど、酔っぱらってはいなかった。

 店員と押し問答していたら、ついにボスが出てきた。こいつは、いかにもコロンビアマフィアみたいな悪相をした男だ。店員より日本語が達者なので、お釣りを持ってこないと文句を言ったが、売上金を持ってきて「この一万円札は、前の客が出したものだ。今日は客が少なくて、一万円札を出したのはその客だけだから、お前の出したという一万円札はない」と言う。

  そんなことを言っても、このボスが売上金を全部持ってきたという保証はどこにもない。仮にそうだとしても、ボーイがポケットに一万円札をねじ込んでいれば、売上金の中に入っているはずがない。だが、日本語のうまくできない男たちを相手に、これ以上押し問答を繰り返しても、埒があかない。こっちの身が危ないだけだ。友だちに「出よう」と言って、店を出た。

 新宿には、この店を含めて、この当時でラテン系ディスコが三軒あった。一番の老舗が、九十三年の春にできたという新大久保駅近くのカンニャドンガ。そして、同じく九十三年の夏、カンニャドンガの盛況振りに追随してオープンしたという、このエルソン・ラティーノ。

  三つめが、九十四年の春にできたラテンブラザースである。一時期、カンニャドンガに比べて広くてきれいという評判で、エルソンラティーノが大盛況だったが、ラテンブラザースができてからは、物珍しさもあってか、人気はラテンブラザースに流れていた。平日でも十二時過ぎれば満席、土曜日は身動きできないほどだったのに、平日など数人の客しかいないという寂れようだったのだ。

 クリスに以上の事情をかいつまんで話すと、ある程度理解したようで「いつも、あそこそう」と言った。何度もそういうケースがあるらしい。そこで、比較的人の好い店員のいるラテンブラザースはどうかと言うと、「あそこは食べるものがない。わたしたち、おなかがすいている」と言う。

  いつもラテンブラザースには腹ごしらえしてから行くから、食べ物のことなど考えたことも無かったが、確かにあそこで食事をしている人間を見たことがない。聞けば、もともとクラブだったところだから、キッチンが小さくてまともな食事が作れないらしい。

 クリスがスペイン語で他の二人と話し合った結果、初めにカニャンドンガに行って食事をし、あとでラテンブラザースに行こうということになった。

 明治通りから大久保通りへ入り、少し進むと右側にコイン式のパーキングがあった。確か、これ以上行くとパーキングはない。路上駐車するのはヤバイので避けたい。三人に、「ここのパーキングに入れて、あとは歩く」と言った。

 ここから少し、大久保駅の方向へ歩くと、通りの南側にタイやコロンビアの立ちんぼがいるエリアになる。「怖い」と言って、クリスが右腕に寄り添ってきた。それを見て、エバも左腕にしがみついてきた。

  立ちんぼのエリアだから、いつ一斉の取締りがあるか分からない。彼女たちは、仕事でここにいるわけではないので、巻き添えで捕まってしまうのはたまらない。恋人同士に見えれば、多少は目こぼししてもらえるのではないかという、浅はかな知恵なのだ。両手に花、と言いたいところだが、こんなところではカッコ悪いだけだ。

 おとなしいジェニファーは、わたしたちの後ろについて歩いてくる。コロンビアの女三人も引き連れて、こんなところをウロウロしているのを、他人は何と思うだろうかと考えながら、新大久保駅の先のカニャンドンガに向かった。

 新大久保の駅の小道を入り、三十メートルぐらい行ったところの左側地下にカニャンドンガはあった。当時、この店はコカインの密売をやっているらしいという評判で、実際にトイレに白い粉が落ちていたこともあった。

  警戒しているのか、いつも店の入口のところに男が立っていた。NHKのニュース番組でコカイン密売の特集をやっていたが、その中の映像に、この店の外観が映っていた。店の向かいのマンションに警察が張り込んでいて、客の出入りをチェックしているのを、NHKが同行取材していたのだ。

 カニャンドンガに入るとき、向かいのマンションを指して、彼女たちにテレビであそこからポリスが見ているのをテレビでやっていたと説明すると、クリスが「知ってる」と言った。けっこう知られているのか。エバは怖いのか、胸で十字架を切って「神様」と言った。

 カニャンドンガに入ったのは、ちょうど一時過ぎになっていた。しかし、客は誰もいなくて音楽もかけていなかった。水曜の夜とはいうものの、この寂れようはなんだ。ここは老舗の店なのに、すっかり客を新興のエルソン・ラティーノとラテンブラザースに奪われているようだ。

  だいたい、店の場所が悪い。もともと、立ちんぼのコロンビアーナたちを対象としてオープンしたのだろうが、これだけライバル店が出てくると、コロンビアーナたちも食事やプライベートで踊りたいときは、なるべく身の危険が少ない歌舞伎町のほうの店に行きたくなるのが人情というものだ。

 とりあえず、わたしはビールを頼み、あとは彼女たちの注文に任せた。肉料理とソパ(スープ)、そしてトロピカルドリンクを頼んだらしく、飲み物のあと、次々と料理が出てくる。スープはミネストローネ風で、中にジャガイモなどの小さい野菜が入っていて、なかなかいける。肉は豚カツ風だ。こちらも、けっこう美味い。ナイフとフォークで切ったのを、クリスとエバがときどき、わたしの口に入れてくれる。「美味しい?」と聞くので、もちろん「美味しい」と答えると、彼女たちも上機嫌だ。

 ひととおり平らげたら、彼女たちはすぐにラテンブザースに行くという。三十分も経っていない。客は、あとから一組入ってきただけだ。こんな客の入りの悪さでは、ここで踊る気にはならないだろう。やはり、踊りというものは、ある程度店の熱気というものがないと、その気にならないからだ。

 料金を払う段になって、クリスが割り勘にしようというので、ここは自分が持つから、あとの店を君たちで出してくれと言った。ラテンブラザースも安いが、長居をすれば四人もいるとどのくらい金がかかるか分からない。先に、こっちの勘定をもっておいたほうがいいのではという計算もあった。以前付き合いのあったテレサという女のわがままに振り回された経験があるからだ。


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