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あるコロンビア売春婦と一年間恋人関係にあった私は、不法滞在で強制送還された彼女を追いかけてコロンビア本国に渡って彼女の家を訪ねた。そこで見たものは…
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 さっぱりしたあと、エバが「チバに乗ろう」と言い出した。チバはサンアグスティンでも見た、木製のでかい乗合バスである。だが、エバの言うチバは、カルタヘナの観光名所を巡る夜の観光コースのことだった。

 エバは事前にリサーチしてあったらしく、夜の八時に出発するのだという。

「いくらなの」

「ひとり一万五千ペソ(1500)

「ならいいよ」

 もっとぼられるのなら、個人的にあちこち回ったほうがいいが、この値段ならツアーに乗っかったほうが安い。異論はなかった。

「じゃ、その前に、街に買い物に行こう。ビーチサンダルとか、酒とかつまみとか買っておきたいし」

「分かった。すぐ行くね。まず先にチバの予約をしなくちゃ」

 わたしたちはロビーに降り、サービスカウンターで予約をした。

「エバ、セーフティボックスにお金やトラベラーズチェックを預けておかなくちゃ危ないから」

「そうね」

 フロントでセーフティボックスを頼んだら、鍵を一個だけ渡された。普通はフロントの奥にある金庫から小さな金庫を引っ張り出し、それに預けるものである。「おかしいなあ、言い方が間違ったのかな」と思っていると、エバが「だいじょうぶ。これで問題ない。部屋に行く」と言うので、再度部屋に戻った。

 部屋でエバはロッカーの脇にある金庫を指差した。これがセーフティボックスだというのだ。なるほど鍵をはめ込むと、セーフティボックスになるようになっている。旅館の部屋に置いてある金庫と同じシステムだった。余分な金やトラベラーズチェックを入れ、鍵をかけた。

 だが、ビデオカメラは入らない。いくら高級ホテルといっても、ビデオやカメラを部屋に置きっぱなしにするのは危険だと判断した。買い物に行くのに必要ないし、わたしたちの荷物はトランクではなくリュックサックだから、鍵もかけられない。思案に暮れて、ロッカーの上にあるひさしの裏に隠した。


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 二十分ほどでホテルカリベに着いた。ホテルカリベは、高さはそれほどないものの、横にかなり長い大きなホテルだった。客室も何百とありそうだ。外観はかなりの古さを感じさせる。だが、ホテルのロビーなどは、改装を繰り返したのだろう。東京の帝国ホテルやホテルオークラなどと変わらない大きさ、豪華さだった。おそらく、ヒルトンが出来るまでは、カルタヘナで一番の高級ホテルだったのだろう。

 チェックインを済ませ、ベルボーイが荷物を持って、エレベーターに向かった。割り当てられた部屋は四階である。ベルボーイがエレベーターのボタンを押すと、チンという音がして、エレベーターが下がってきた。

 エレベーターは自動ではなく、専用のエレベーターガールならぬエレベーターボーイが乗っていた。エレベーター自体も古い。戦前のアメリカ映画によく出てくるような、鳥かごのようなエレベーターである。ロビーの豪華さと比べれば、いかにもアンバランスだ。

 新しい自動のエレベーターに付け替える費用がないわけでもあるまい。エレベーターの速度ものろいし、これが高層ホテルだったら文句が出て、すぐに付け替えていただろう。アンティックな味わいを残すために、わざと残してあるのだろうか。

 ベルボーイに案内された部屋は、ベランダからビーチが見渡せるスイートルームだった。まずシャワーを浴び、汗を流した。シャワーは、ここでも水だった。バスタブもない。最高級ホテルなんだから、お湯くらい出てもいいのじゃないかと思ったが、この常夏のリゾート地では、「お湯」というサービスが発想の根底にないらしい。

 


 タクシー乗り場には、客待ちの運転手が数十人たむろしていた。そのまわりに黒人の子供たちが、やはり何十人も群がり、わたしたち観光客に金をたかっていた。いままでコロンビアでは出会わなかったが、カルタヘナは観光地だけあって、ストリートチルドレンが多いようだ。「これは用心してかからないと、危ないぞ」と思った。

 タクシーの運転手にも順番があるようで、ひとりの運転手が「タクシー? タクシー?」と言い寄ってきた。こちらのタクシーはボゴタと違ってメーター制ではなく、事前交渉で料金を決める。

「ホテルカリベまで、いくら」

「五千ペソ」

「高い。四千ペソ」

「オーケー」

 カルタヘナは安宿が多いセントロ地区と、そこから鍵状に長く伸びた半島部のボカグランデ地区がある。ヒルトンやホテルカリベは、その半島の一番先にあった。空港からボカグランデ地区に行くにはセントロ地区を経由するので、セントロに宿を取っていたら、もう少しタクシー代は値切ることが出来ただろう。

 タクシーはホテルカリベまで、カリブ海沿いの舗装された道路を走った。右側が海岸だ。セントロ地区に入ると、左手には長い城壁が続いた。古い砲身も並んでいる。いかにも絵葉書に出てきそうな景色だった。

 カルタヘナという街は、十六世紀後半、南米大陸を植民地支配していたスペインが、その収奪した富を本国に持ち出すために出来あがった港町だった。その黄金などの富を狙ってカリブ海の海賊が横行した。海賊を撃退するために、城壁や城砦が建設された。つまりコロンビアどころか、南米大陸でも一番古い歴史を持つ街のひとつである。それが、いまでは美しいビーチと共に、ここの重要な観光資源となっているのだ。


 チェックインを済ませ、エミルセに見送られてわたしたちは空港の待合室に入った。カルタヘナ行きの飛行機は、定時に出発した。

カリからカルタヘナは幹線航路らしく、飛行機も二百人ほどは乗れる中型機だった。今回はトラブルもなく、二時間ほどでカルタヘナに着いた。

 カルタヘナはカリブ海に面したリゾート地で、もちろんカリと違って標高ゼロメートルの低地だ。飛行機のタラップから降りたとたんに熱気がわたしたちを覆った。

「うわー、やっぱり暑いな」

「しょうがない。ここ、カルタヘナ。いつも暑い」

 汗っかきのわたしは、たちまちTシャツが汗びっしょりになったが、東南アジアのような湿度の高い暑さではない。

 冷房の効いた空港施設に入ると、すっと汗は引いた。カルタヘナの空港は、国際空港でもあるので、カリよりは小さいものの、一応きちんとしていた。エバに言って、案内所で宿の確保を頼んだ。カルタヘナには最高級のヒルトンホテルからバックパッカーでも泊まれる安宿まで、何百軒もある。

 ヒルトンは一泊二百ドルはするので、二番目に高級とされるホテルカリベにした。百二十ドルだった。エバは用があるというので、一泊でボゴタに帰る。いままで安宿ばかり泊まっていたので、最後の夜は奮発したのだ。


カルタヘナの公式観光ガイド

 もう時間は一時近くになっていた。空港に行かなくてはならない時間だ。待たせていたタクシーに乗り、空港に向かった。

三十分ほどで着いた。エミルセはわたしたちを見送ったあと、パルミラに戻るというので、タクシーのチャーター代三万ペソを渡した。すると、エバが「お姉さん、貧乏。お金、プレゼントしてあげて」と言う。

「いくらプレゼントしたらいいの」と言うと、エバは少し考えて、「二万ペソ」と言った。二千円程度なら、たいした金額ではないので、財布から二万ペソを抜いてエミルセに渡した。

だが、エミルセには、家に停めてもらったわけでもないし、ご馳走を作ってもらったわけでもない。自分で言うのもなんだが、彼女にとってわたしは妹のエバを助けた「恩人」である。日本人の感覚なら、安物でもいいから、逆に何かコロンビアの手土産でもわたしに渡すというのが筋だと思う。

 エミルセも、そこらへんを恥じているのか、「今日は時間がなかったから、あなたには何も出来なかった。あなたはわたしのファミリー。今度来たときは、わたしがあなたにご馳走するから、ぜひわたしの家に来て、泊まって」と言った。

 エミルセには何の悪い感情も起こらなかった。エバは確かに自分の体を売った金で、百万単位の金をエミルセの家族に援助してきたのだろう。わたしがエミルセにプレゼントした金額なんて、それに比べれば取るに足らない金額だ。だが、本来自分がするべき援助をわたしに押し付けた態度について、わたしは不快感を持った。


プロフィール
HN:
出町柳次
性別:
男性
職業:
フリーライター
趣味:
ネットでナンパ
自己紹介:
フリーライター。国際版SNS30サイト以上登録してネットナンパで国連加盟国193カ国の女性を生涯かけて制覇することをライフワークにしている50代の中年。現在、日刊スポーツにコラム連載中(毎週土曜日)。
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