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あるコロンビア売春婦と一年間恋人関係にあった私は、不法滞在で強制送還された彼女を追いかけてコロンビア本国に渡って彼女の家を訪ねた。そこで見たものは…
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 日本には、結局、土曜日に戻ってきた。まず面会に行ってもらった友人に連絡をとった。

「どうだった? エバの処分はどうなるの」

「まだ、分からないって言ってたよ、警察は。電話してみれば。もう処分の結果が出ているんじゃないの」

「分かった。電話してみる。元気そうだった?」

「ああ、でも、彼女、俺のことを覚えてないみたいでさ。話すこともないんで困ったよ。ああ、彼女からの伝言があるんだ。なんでもイタリアのお姉さんに、捕まったことを連絡してほしいんだって。電話番号聞いてきたよ」

「サリーだな。何番?」

「○○○○……」

「オーケー。連絡する」

「あとな。言われたように、『テ・アモ』って言ったんだよ。そしたら彼女、目を真っ赤にして泣いていたよ」

「……」

 それを聞いて、わたしはすぐに警察署に電話を入れた。エバの処分を聞くためである。結果は「起訴」だった。つまり裁判になり、判決が出るまで拘留されることになったということだ。

「月曜日に面会に行きたいんですけど、そちらの警察署にまだいるんでしょうか。それとも拘置所に移されているんでしょうか」

「たぶん、いると思います。取調べで出ているかもしれませんが」

 わたしは礼を言って電話を切り、さっそく航空券を手配した。月曜日の朝に東京を立ち、午後に面会し、翌日の朝にもう一度面会し、午後一の便で帰郷するつもりだった。往復で約五万円。それに宿泊費や食費を入れると六万円はかかるだろう。先日、友人に面会に行ってもらった費用も払ったので、この出費は痛かった。だが、エバと会うのは最後だと思うと金のことは言ってられなかった。借金をしてもいくつもりだった。

 その夜、イタリアのサリーに電話した。だが、電話に出たのはサリーでも、サリーの恋人でもなかった。電話番号が間違っていたようだった。


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 M空港は四国にあった。エバと付き合い始めたころ、彼女はこのM市にある劇場に派遣されたことがあった。十日間の仕事を終え、東京に戻ってきたエバを、わたしは羽田空港まで迎えに行ったことがあった。一人で帰って来れるのか心配だったが、そのときは、二人の日本人の踊り子さんとにこやかにゲートを出てきた。十日間いっしょに仕事をした同僚で、同じように関東に移動するので、同じ便で乗ってきたらしいのだ。

 そのM空港で彼女は逮捕されたらしい。東京からM市に行くところだったのか、それとも戻るところだったのか。それは音信普通だったため、分からない。とりあえず、どこに収容されているのか調べるため、四国全体を管轄している高松入管に電話で問い合わせた。しかし、彼女の本名に該当する人物は収容されていないという。

 入管の担当者は、「まだ、警察にいるのかもしれませんよ。こちらでは、警察から送られた人間しか把握できませんから」と付け加えてくれた。それで、一〇四でM空港の派出所の電話番号を聞き、問い合わせた。

 空港の派出所の警官は、「あー、そういう事件はありましたね。いまは西署に拘留されているんじゃないですか」と教えてくれた。ついでに西署の電話番号を聞き、留置係りに問い合わせた。

「あの、わたし、東京の出町というものですけど。また聞きなので、確かかどうか分かりませんが、こういう名前のコロンビア女性は拘留されていませんでしょうか」

「ああ、いますね」

 答えられないと言われるのを覚悟していたが、あっさり教えてくれた。やっぱりエバは、M空港で捕まっていたのだ。

「彼女はいつまでそこにいるのでしょうか。面会に行きたいんですけど」

「ええと、まだ逮捕されて五日ですね。すると、今週の土曜日に起訴するかどうかの決定が出ると思います。それまでは、ここにいると思いますが」

「面会は、土曜・日曜は出来ないのですね」

「ええ、休みです」

「実は明日から海外出張で日本にいないのです。帰ってくるのは、金曜日か土曜日になると思います。土曜日に問い合わせは出来るのですか」

「留置係りに電話すれば、処分の結果は分かると思いますよ。ただ、その時点で拘置所に送られているか、入管に送られているかは分かりませんが」

「分かりました。電話します」

 わたしが戻ってくるまで彼女が日本にいることは分かった。その時点で入管に送られていたとしても、少なくとも一回は面会できるだろう。気持ちが少し落ち着いた。だが、ひとりぼっちで留置場に入れられているエバのことを思うと、一日でも早く手を差し延べたかった。わたしは信頼できる友人に頼み、下着類を買って、面会に行ってもらった。その友人は、わたしがエバと付き合い出したころにいっしょに酒を飲んだことがあり、彼女も覚えていると思ったのだ。

 わたしは彼に、一言だけ伝言を頼んだ。

「テ・アモ(愛している)」と。

 


 明け方ようやく眠ることが出来て、気がついたら九時だった。あわてて電車に乗り、十条に向かった。入管に着いたのは、十一時半だった。もう午前中の受付は終了していて、五十歳過ぎのラテン系らしきオバさんが、午後からの面会時間が始まるのを椅子に座って待っていた。

 午後からの受付は、一時からだ。一時間以上ある。どうしようか迷っていると、オバさんは「この紙に書きなさい」と教えてくれた。面会の申し込み用紙である。

「ここにいるのか分からないんだけど」と言うと、「とりあえずここに書きなさい。いるかいないか分かるから」とアドバイスしてくれた。面会は申し込み順らしいので、早く書いておくのに越したことはないと思って、必要事項を書いて受付に出した。

 ふと壁を見ると、差し入れなどの制限品が書き出してあった。急いでいたし、ここにいるかいないか分からなかったので、何も買ってきていない。もしいたら、何か差し入れしたかった。オバさんに「あとで来る」と言い残して入管を出た。

 近所のコンビニで、バナナとみかんを買った。入管の壁には「ナイフを必要としない果物」との一項があったからだ。スペイン語の本か雑誌も差し入れたかったが、探している時間がなかった。

 昼食を摂って、一時十分前に入管に戻った。面会者は二十人以上に増えていた。フィリピンやパキスタン、さっきのラテン系のオバさんのほかに、日本人の男女も何組かいた。わたしと同じように、外国人の不法滞在者と恋愛していたのだろうか。

 一時きっかりに窓口は開いた。午前中に申込書を出しておいたので、十分ほどでわたしの順番が回ってきた。窓口の女性に「ここにいるかどうか分からないんですけど」と言うと、「免許証か何かを提示してください。調べて収容されていれば面会できます」と答えた。

 数分して、わたしは窓口に呼び出された。

「そういう名前の方はいませんね」

 女性の係官は拘留者のリストを見ながら言った。

「じゃ、ほかの入管に収容されている可能性はありますか」

「ありますね。でも、ここでは東京入管が管轄している部分しか分かりません。電話番号をお教えしますので、問い合わせてください」

 十条には、エバはいなかった。入管に来れば、たとえここにいなくても、どこにいるか分かるだろうと思っていたのだが、管轄が違うと把握していないらしかった。心配そうにわたしを見つめていたラテン系のオバさんに「いなかった」と告げて、わたしは入管を去った。

 どうしていいか分からなかった。とりあえず、羽田空港を管轄しているという横浜入管に電話をしたが、分からなかった。羽田ではないのか。わたしは昨晩会ったクラウディアに電話した。

「リュージ、ごめんなさい。電話しなくて。エバはM空港で捕まったらしいよ」

「M空港?」

「そう。あなたエバに会いに行く?」

「今日は無理だよ。遠いし。明日から日本にはいないから、帰ってきてから行く」

「分かった。もし会ったら電話ちょうだい」

 


 クラウディアは、今週はA市の劇場に出ていることが分かった。わたしはクラウディアのいる劇場に車を飛ばした。彼女のステージの時では、他人の目もあるから内密な話は出来ない。しかたなく、彼女を指名して、プライベートの個室に呼んだ。

 クラウディアは、個室に入ってきて、わたしの顔を見るなり、「お久しぶりね」と言った。実は、半年ほど前、エバとギクシャクしたとき、渋谷で彼女に偶然出会った。商売熱心な彼女は、わたしをホテルに誘った。

 エバとの関係が悪化して、むしゃくしゃしていたのでわたしは彼女の誘いに応じた。ことが終わったあと、元気のないわたしにクラウディアは理由を尋ねた。エバと彼女が親しいことを知っていたわたしは、エバの名前は出さずに、「恋人とうまくいってないんだ」と告白した。

 クラウディアは、わたしに「どうしてセパレートしたの。あなた、彼女にプレゼントしてないの」と尋ねた。わたしは「すこしだけどね」と答えた。ほとんどしていないとは言えなかった。彼女たちの常識からすれば、わたしのような付き合いをしていれば、「あなた、ケチだから彼女が逃げるのは当たり前よ」と言われかねなかったからだ。

 わたしとしては、「ケチ」と「金がない」とは違うと思っている。出来る精一杯のことはしたと思っていた。だが、金を稼ぎに来ている彼女たちにとっては、貢がれた金の総額が愛情だと思っている。貯金通帳の残高を見せて、何度も説明してもエバは納得しなかった。だから半分、もういいやと思っていたことも確かだった。

 それ以来、クラウディアはわたしをディスコなどで見かけるたびに「あなたの恋人はどうなっているの」と、からかい半分に声をかけてきた。わたしはその度に、「まあまあだ」と口を濁していた。もちろん、エバと仲がいいということは知っていたから、一度も交渉は持たなかった。

 コンドームを用意しようとしたクラウディアを制してわたしは言った。

「違う、違う。今日は大事な話があって来たんだ。エバが捕まったんだって」

「そう」

「実は、俺は前にエバの恋人だったんだ」

「ほんと」

「そう。今はセパレートしている。エバはどこで捕まったの」

「空港」

「どこの」

「分からない」

「もうラストだから、一度会いに行こうと思ったんだけど…。でも、いま彼女には恋人いるんだろ」

「Kのパパのこと? でも、彼女は愛してない。お金だけの関係。あなた助けてあげて」

 クラウディアがはっきり「金だけの関係」と言ってくれたことで、少しホッとした。ちゃんとした恋人がいるのなら、わたしの出る幕ではない。彼女を探さず、そのままにしておこうと思っていたのだ。

「でも、どこにいるのか分からないと…」

「わたしもあちこち聞いてみるわ。だからあなたの電話番号教えて。何か分かったら、電話するから」

「でも、俺はあさってから日本にいないんだ。仕事で。だから、明日までに分からないと間に合わないかもしれない」

「分かったら、今晩でも電話するから」

「オーケー。お願い」

 お互いの携帯番号を交換して、わたしは家に帰った。とにかく、翌朝は十条の入管に行ってみようと思った。入管はおそらく九時からだろう。もし十条にいなかったら、次の手を打たなくてはいけない。朝一番に行こうと思って早く床についたのだが、疲れているのになかなか眠れない。胸が締め付けられるような感じなのだ。

 来るものが来たという気持ちだった。「もう勝手にしろ」と言って別れたエバだったが、いざ捕まって、もう二度と会えないかもしれないとなると、どうしても会いたくなった。だが、普通だったらなんとかなると思ったが、残された日は一日しかないのだ。エバと過ごしたこの一年半の思い出が頭をよぎった。


エバが逮捕されたのは、晩秋のある日だった。私とエバの関係を知っていた男から電話がかかってきた。詳しいことは分からないが、羽田空港で逮捕されたらしいということだった。

そのころは、エバとはまったく音信不通の状態で、どこにいるのか分からなかった。もう彼女のことは諦めていたが、最後にひとめだけ会って、別れを言いたかった。どうしていいのか分からず、わたしはその足で新宿のコロンビアレストランのママに相談に行った。

「俺の前の恋人が捕まったらしいんだけど、どうしたらいいんだろう」

「どこで捕まったの」

「よく分からないんだけど、羽田空港らしい」

「じゃ、警察か十条の入管ね。チケットは持っているの」

「持っていると思う」

 この数ヶ月前、エバと食事だけしたことがあった。そのとき、今年中に帰国するつもりで、帰りのチケットを買ったと聞いていた。十三万円だと言っていたから、おそらく自分で買ったものではなく、パトロンのうちのひとりに買ってもらったのだろう。

 コロンビアーナたち不法滞在者は、帰国したくなると、事前に帰国用の片道チケットを買っておく。万一捕まっても、チケットさえ持っていれば、すんなり帰れる。だが、チケットを買う現金を持っていないと、誰かが差し入れてくれるまで足止めを食う。チケットさえ所持していれば、現金は数万円くらい持っていればいいから、オープンのチケットを買っておいて、いつ捕まってもいいように準備しておくのだ。

 東京なら、十条の入管近くに旅行代理店が二つあり、ほとんどの不法滞在の外国人がここを利用していた。たいていの言語に対応できるよう、フィリピンやタイ、中国、イラン、ペルー出身のスタッフを揃えていた。

 サリーもここでチケットを買った。そのとき、「わたしの分も買って」とエバにねだられた。関係がギクシャクしていたときだったから、「金がない」と言って断った。十三万円もの金を、しまり屋のエバが自分で払うわけがないから、金持ちのパトロンに買ってもらったと思ったのだ。

「いつ捕まったの」

 ママがわたしに尋ねた。

「一日だと思う」

「今日は四日ね。チケットを持っているなら、一週間くらいで帰るかもしれないね」

「じゃ、あと三、四日か。困ったな。俺、あさってから海外出張なんだ。四日は戻って来れない。どうしたらいいんだろう」

「あなた、彼女の本名を知ってるんでしょ」

「知ってる」

「それじゃ、電話で問い合わせたら」

「出来るの?」

「分からないけど、やってみないと」

「もう時間がないんだ。とりあえず、あした十条の入管に行ってみる」

 本当に十条の入管に収容されているのかは分からない。どこかの警察かもしれない。もっと確実な情報を知りたかったわたしは、エバと親しかったクラウディアなら知っているのではないかと、クラウディアの居所をあちこちに聞いて探した。


プロフィール
HN:
出町柳次
性別:
男性
職業:
フリーライター
趣味:
ネットでナンパ
自己紹介:
フリーライター。国際版SNS30サイト以上登録してネットナンパで国連加盟国193カ国の女性を生涯かけて制覇することをライフワークにしている50代の中年。現在、日刊スポーツにコラム連載中(毎週土曜日)。
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