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あるコロンビア売春婦と一年間恋人関係にあった私は、不法滞在で強制送還された彼女を追いかけてコロンビア本国に渡って彼女の家を訪ねた。そこで見たものは…
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 月曜日の朝、羽田からM空港に飛び立った。約一時間のフライトだった。ちょうど昼時だったので、空港内のレストランで昼食を摂り、タクシーで警察署に向かった。警察署で犯罪者に面会するというのは初めての体験である。緊張した。だが、ためらってはいられない。意を決して面会したい旨を案内の係りに尋ねると、二階に案内された。

 ドアを押して、椅子に座っている係官に面会の手続きを申請した。氏名、年齢、住所、職業、容疑者との関係などを書類に書きこんだ。取り調べに入っていて、空振りに終わるかもと思っていたが、幸いエバは留置場にいたらしく、十分ほど待たされたあと、面会室に案内された。面会の際は、日本語で話すようにと注意を受けた。もしスペイン語で話すのなら、通訳を付けなければならない規則らしい。だが、こっちだってまともに話せないのだから、日本語だけで充分だった。

 面会室の椅子に座って待っていると、しばらくして三十歳くらいの係官に付き添われたエバが、透明なアクリル板で窓を仕切った小部屋に姿を現した。相変わらずのジーパン姿だ。

「オラ!」

 エバはわたしに笑顔で挨拶した。意外と元気そうだ。

「リュージ。来てくれてありがとう。どうしてわたし、捕まった、分かった?」

「友だちから電話があった」

「そう」

「この前、俺の友だち来たろ。太ったの。俺が仕事で外国に行ってたから、代わりに来てもらったんだ」

「うん。聞いた。ありがとう。下着もありがとう」

「何かほかに要るものないか。明日の朝も来るから」

「リュージ。歯ブラシと歯磨き粉、もうない。お願い。あとタオルね」

「分かった。食べるものは。食べられるか」

「だいじょうぶ。あと、お姉さんに電話してくれた?」

「あの電話、間違ってたぞ。違う男が出た」

「そうだと思った。いまから言うから、ここへ電話して。書く、できる?」

「ちょっと待って。オーケー」

「○○○…」

 エバはイタリアのサリーの電話を口頭で伝えた。メモを持つのが許されていないので、暗記していた。友人が面会に来たときは、うろ覚えで間違った電話番号を伝えてしまったのだろう。

「あと、コロンビアのお姉さんにも電話して。でも、お姉さんの家、電話ない。会社だけ。いまお姉さん、会社休んでる。ベイビー生まれただから。だから、お姉さんの友だち、カルメンリリアにわたしが捕まったこと電話して。ほかの人はダメよ。わたしが日本に来ていること知らないから」

「分かった。ところでエバ、荷物はどこにあるの。マレータ(トランク)は」

「だいじょうぶ。カムバック」

「どこにあったの」

「わたし、東京へ帰るとこだった。それで宅急便でカムバック」

 エバはどこへ行く予定だったのかは口を濁した。だが、彼女がM市へ来るところではなく、M市から東京へ戻るときに捕まったということは分かった。詳しい状況を聞きたかったが、係官が話の内容をメモしているので、聞くことはできない。

「エバ、俺のほかに誰か来たのか」

「ノー。誰も来ない。あなたとあなたの友だちだけ」

 少しホッとした。誰かすでに来ているのなら、わたしは今回で来るのを止めようと思っていたのだ。

「リュージ。あと、もうひとつお願いがある。わたし、お金、郵便局にいっぱいある。それ、コロンビアのお姉さんに送って。わたし持ってると、コロンビアに帰るときに危ない。イミグレーション、泥棒する」

「えっ、でも、そんなことできるのか」

「『宅下げ』という手続きを取ればできます」

 エバの隣りに座っていた係官が言った。だが、肉親でもない第三者であるわたしができるのだろうか。たしかに以前、エバといっしょに銀行に行き、彼女の送金を手伝ったことはある。だが、金が絡むとトラブルが多い。本音を言えば、面倒なことに巻き込まれるのはご免だった。

「分かった。ちょっと聞いてみるよ」

 係官が「時間です」と無機質な声で言った。十五分くらい経過していた。

「じゃ、明日の朝、また来るから」

「待ってる。リュージ、ありがとう」

 エバは透明なアクリル板の真ん中に手を当てた。そこには声が伝わるように穴が空けてある。わたしもそこに自分の手を当てた。もちろん、彼女と直接に手を触れることはできない。だが、彼女の気持ちは充分伝わった。


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フリーライター。国際版SNS30サイト以上登録してネットナンパで国連加盟国193カ国の女性を生涯かけて制覇することをライフワークにしている50代の中年。現在、日刊スポーツにコラム連載中(毎週土曜日)。
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