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あるコロンビア売春婦と一年間恋人関係にあった私は、不法滞在で強制送還された彼女を追いかけてコロンビア本国に渡って彼女の家を訪ねた。そこで見たものは…
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 大黒埠頭からベイブリッジを経由して、山下公園に行った。車は二十四時間パーキングに入れた。すでに一時近いので、もちろんマリンタワーの灯も消えている。氷川丸にも乗れない。だが、一応、山下公園の全景を見せたくて、歩いて氷川丸のほうに歩いた。そこから見える横浜港の夜景に、エバは感激していた。

 氷川丸の乗船所の横には、湾内一周クルージングの船も横付けされていた。それを見て、エバが「これ、いつ乗れる」とわたしに聞いた。

「今日はダメだよ。終わり」

「それ、分かる。明日、オーケー?」

「ノー。明日、時間ない。あなた、仕事でしょ。今度、休みのとき、オーケー」

「オーケー。でも、わたし、休みない」

 エバはこのあたりに泊まって、翌朝に乗船したいようだったが、朝一番の船で十時過ぎだ。クルージングを終えて、池袋まで彼女の送って行くとなると、昼間の首都高はムチャ混みするから、仕事の始まる一時までに着くのは難しい。そんな危ない橋は渡れなかった。

 エバはすんなり諦めてくれた。公園の中の売店は、なぜか営業していた。もちろん、そんな大したものを売っているわけではなく、トウモロコシにたこ焼き、缶ジュース程度のものだ。エバをピックアップしてから何も食べていなかったので、「何か食べる」と聞いたら、「食べる」と彼女は答えた。エバはトウモロコシとジュースを、わたしはたこ焼きとウーロン茶を注文した。

「エバ、コロンビアにトウモロコシあるの」

「ある」

 よく考えてみれば、トウモロコシは南米原産だった。しかし、こちらのように、醤油で焼いたりはしないだろう。口に合うかどうか心配したが、わたしのたこ焼きと半分ずつ交換しながら、ベンチに座って食べていた。

 そこに、二人の外国人のアベックがやって来た。二人ともアングロサクソン系でないことはすぐに分かった。男はイラン人、女はコロンビアーナだと直感した。

「エバ、あの二人、イラン人とコロンビアーナじゃないか」

「そう、よく分かるね」

 二人の会話は聞き取れなかったが、コロンビアーナのエバには、一瞥で区別がついたようだった。

 イラン人とコロンビアーナのカップルは多い。彫りの深いイラン人の顔は、色の黒いアラブ系より、イタリア人などのラテン系に近いから親しみやすいということがある。また、イランのようなイスラム教徒は、ほとんど男しか出稼ぎに行かないから、女に飢えている。韓国や中国などのように、自国人同士で恋愛出来ない。それで、勢いコロンビアーナに猛烈にアタックする。もちろん、ほとんどが日本にいるときだけのセックスフレンドのつもりだ。

 ここで大事なのは、やはり金だ。多くのイラン人は、平均的な日本人のサラリーマンよりも、はるかに金を持っている。

 バブルのころ、人手不足の日本に、ペルーやブラジルの日系人のほか、イスラム圏のバングラディッシュ、パキスタンの男がやって来た。少し遅れてイラン人が入って来た。働き場所は、「ゲンバ」と呼ばれる肉体労働が主だったが、時給でいうと、一番高いのが労働ビザを持っている日系人で千三百円平均、その次がパキスタン、バングラディッシュで千円平均、一番安いのがイラン人で七百円平均だった。

 イスラム圏が安いのは、労働ビザを持たない不法滞在者のため、雇い主が危険性を考慮したためだ。イラン人が一段と安かったのは、新しく日本にやって来たため安く買い叩かれたのと、気性が荒くて文句も多く、雇い主から敬遠されたことがある。

 それで、不況になったとき、最初に首を切られたのがイラン人たちだった。職にあぶれたイラン人たちは、偽造テレカや麻薬の密売に手を染めていった。もちろん危険だが、そのぶん金になる。イラクとの戦争を経験してきた彼らには、少々の危険など屁でもなかった。

 もちろん、まじめなイラン人もいる。群馬県の工場で働いていたイラン人が、同国人の悪行を、こう嘆いたことがある。

「東京にいるイラン人は、みんな悪いやつばかりだよ。クスリとかドロボーとか。でも、田舎にいるイラン人は真面目。うちの社長、いい人。だから、わたし、社長のために頑張る」

 彼の時給は七百円だった。残業も減って、月に二十五万円くらいにしかならないという。ときどきこういう不法滞在者を雇っている中小企業が入管に摘発されることがある。しかし、いくら不況とはいえ、3K仕事を好んでやる日本人は少ない。労働力不足を不法滞在者に頼っている中小企業は、彼らを失えば、即倒産となる。まじめに働いている不法滞在者より、麻薬密売や窃盗団を働いている奴らをまず逮捕して欲しいのだが、当局の摘発は捜査が簡単な「まじめな不法滞在者」になりがちだ。だが、イラン人に限れば、「まじめ」というのは、あくまで少数派だった。

 ダーティービジネスで大金を手にしたイラン人たちは、十万、二十万円の金のネックレスや宝石をプレゼントして、コロンビアーナたちにアタックした。女のほうは、金の出所がきれいなものであろうと汚いものであろうと関係ない。より多くの金をプレゼントしてくれる男のほうを「恋人」に選ぶ。中にはイラン人の子供を身ごもり、無国籍児を育てているコロンビアーナもいた。

 コロンビアーナとイラン人の関係は、ヤクザとその愛人のようなものだと思う。コロンビアーナに聞けば、だいたいみんな「イラン人は嫌い」と答える。日本人の女だって、「ヤクザは好きか」と聞かれれば、「嫌い」と答えるだろう。だが、現実にヤクザにはたいていとびっきり美人の愛人がいる。イラン人にも、コロンビアーナや日本人の女を愛人にしているのが多くいる。

 つまり「ヤクザ」「イラン人」というブランドは嫌われるが、個別の関係としては、「彼だけは特別」ということになる。生きるためにはどんなことでもやるという暴力的、動物的な部分が、ある種の女たちにはたまらない魅力になる。「暴力」と「金」。結局、これがすべてなのだ。


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