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タクシーに四人で戻った。エバが、まだ時間があるから、中心街に行こうと言い出した。わたしとしては、何でも見ておくことに意義はない。タクシーで十五分ほど走って、個人商店街が密集している地域に入った。街の感じからして、セントロと呼ばれる旧市街だろう。
エバの目的は、すぐに分かった。買い物である。立ち並ぶブティックに目を光らしている。わたしは、やばいな、また買い物をさせられるな、と感じた。案の定、エバとエミルセは目にとまった靴屋に入った。いろいろパンプスを物色している。長引きそうだった。
わたしはそこを抜け出して、街角で飲み物を売っている屋台に行って、コーラを買った。飲んでいる間に、自分たちで買い物を済ませてしまわないかというせこい考えからである。
十分ほどして店に戻ったら、まだエバたちはパンプスを物色していた。
「リュージ、これどうかな。似合うかな」
「ああ、いいんじゃない」
「もう誕生日プレゼント、いっぱい買ったろ。いいかげんにしろよ」
「あなた、わたしの恋人でしょ。安い。いいでしょ」
こんなときだけ「恋人」と言い出すのだ。勝手なものだ。
「しょうがねえな。ひとつだけだぞ」
「ねえ、お姉さんにもひとつ買いたいんだけど、いいかな」
やっぱりわたしにすべて買わせるつもりだったのだ。結局、わたしが二人分のパンプスを払うことになった。予定外の買い物だったので、この店でもカードで払った。
だが、最初、マスターカードを提示したのに、キャットシステムで「使用不可能」と出た。エバが「あなた、銀行にお金ないんじゃないの」と茶々を入れた。銀行に残高が乏しいということはあっても、支払いを滞らせたことはない。
代わりにビザカードを提示すると、今度はすんなりカタカタと伝票が出てきて、サインを済ませた。エミルセはわたしに、「ありがとう。ありがとう」と何度も繰り返した。心から感謝している様子だ。
運転手に案内されて、最初のCD屋に入った。コンビニの半分くらいの小さな店である。店の小ささからいって、ここにはないだろうなと思ったが、念のため在庫があるかどうか聞いた。しかし、カロリーナのCDはやっぱりなかった。
それでは最新のサルサやメレンゲを集めたコンピレーションアルバムのいいのはないかと探したら、二、三日本で見かけないシリーズのものがあった。それを手にとって思案していると、運転手が「これがいいぞ」と言って、一枚のアルバムを持ってきた。なんと運転手にそっくりなヒルベルト・サンタ・ローサの二枚組の最新アルバムだった。どうしようかなというわたしの表情を見て取った販売員が、「聞いてみるか」と言った。コロンビアのCDは包装がしていないので、視聴してから買える点がうれしい。一曲目にかかった曲には聞き覚えはなかったが、悪くはなかったので、運転手の顔を立てて買うことにした。
合計四枚のCDを買うことにした。合計七万ペソだった。キャッシュが乏しくなったので、カードで買った。コロンビアの貨幣価値から言えば、一枚のCDは一万五千円から二万円はする。それをいっぺんに四枚も買うなんて、酔狂なやつだと運転手も販売員も思っただろう。だが、今回の旅の目的のひとつは、日本では手に入らないCDを買うことだったから、思い切って買ったのだ。
「まだお店はあるよ」と運転手が言うので、四軒ほど離れたところにある別のCD屋に入った。ここも小さな店だ。ここにもカロリーナのCDはなかった。やっぱり販売員に「そんな古いのないよ」と言われたのだ。
どうもコロンビアには、こんな小さな個人営業のCD屋ばかりで、タワーレコードやHMVのような大型店はないらしい。CDはまだまだ貴重品で、商品の半分がテープで占められていて、売り場面積が限られているから、少し古い商品は手に入らないようだった。
代わりにサルサのコンピレーションアルバムのビデオ「EL DISCO DEL AÑO」と「SIGANME LOS BUENOS」が目につたので、これも買うことにした。プロモーションビデオを集めたもので、日本でも何本か買ったことがあった。ビデオだと音質は悪いし、車では聞くことは出来ないが、なかなか凝った演出のものが多く、当たりはずれが少なかった。
運転手に勧められて、もう一軒のCD屋も覗いたが、同じようなレベルの店なので、さすがにもう買うのは止めた。
食事を終えて、エルミタ教会に向かった。中がどうなっているのか好奇心もあって入ってみると、観光コースなどはなく、ミサの真っ最中だった。場違いなところに来てしまったという思いがしたが、せっかくだから一番後列の座席にエバといっしょに座った。
ステンドグラスから入る木漏れ日の中で、人々はただ静かに祈っていた。荘厳な雰囲気だった。場持ちがしなくて、五分ほどでエバを促して外に出た。
エルミタ教会の正面は、中規模の公園になっている。エルミタ教会の写真を撮るには、この公園の中ほどからの角度がちょうどよかった。わたしはエルミタ教会単体の写真と、エバとエミルセを入れ込んだ写真を撮った。昼時とあって、公園で休息を取っている人たちも多かった。ついでに公園にいた人の良さそうなオバさんに頼んで、スリーショットも撮ってもらった。
ちょうど小雨が振り出した。
「タクシーに戻ろうか」
わたしはエバに声をかけて、エミルセと三人でタクシーを待機させている場所に向かった。
「まだ少し時間ある。あと、あなた、どこに行きたい」
「そうだな。CDのお店に行きたい。カロリーナのCDを買いたいから」
まだ、わたしはカロリーナの『Y SIEMPRE』という曲にこだわっていた。欲しかったCDはあらかた揃ったのに、これだけが手に入らなかったからである。
エバが運転手と相談して、ショッピングセンターに行くことになった。ボゴタと同じように、カリにも巨大なショッピングセンターがあるらしい。
十分ほどで、とあるショッピングセンターに着いた。駐車場に車を停めると、運転手もわたしたちにくっついてきた。案内係をかってくれたのである。よほど音楽好きなのだろう。
幹線道路はガラガラ状態で、三十分ほどでカリ市内に入った。
「そうだなあ、やっぱりイグレシア(教会)に行ってみたいな。これ、エルミタ教会」
わたしはガイドブックに載っている写真を見せた。エルミタ教会というのは、カリを代表する教会のひとつで、一九四八年に建てられたゴシック建築の美しい教会である。祭壇に使われた大理石は、すべてイタリアから運ばれたと書いてあった。他にも、メルセド教会やサンフランシスコ教会、考古学博物館など、観光コースになっているところはあったのだが、午後の便でわたしたちはカルタヘナに行くことになっている。何ヶ所も回る時間的余裕はなかった。
エバが行き先を告げると、運転手は「了解」と言って、ハンドルを切った。パルミラのタクシーの運転手だが、隣り町だからカリの地理にも詳しいのだろう。市内に入って五分ほどで、先の尖った塔のある白い建物が見えてきた。エルミタ教会だ。
「リュージ。わたしたちまだ食べてない。お姉さんといっしょに食べてから行く。タクシーは待たせておくから」
「分かった」
エルミタ教会の前で降り、わたしたちはまず、教会の近くにある小さなレストランに入った。まだ十一時前とあって、客は少ない。中途半端な時間だったので、エンパナーダスとソパ(スープ)という、軽めの食事をすることにした。エンパナーダスはボゴタでも食べたが、やはりエバの言うように、土地土地で味が違う。日本でも、ラーメンひとつ取っても、支那そば風からとん骨まで様々な味があるのだから、土地や店によって味が違うのは当たり前なのだが、コロンビアでは「はずれ」にあうことはめったになかった。
「リュージ。カリ行くでしょ。時間ない。早く行く」
「うん」
「エミルセもいっしょ。オーケー? わたし、カリ知らない。彼女、知ってる」
「だいじょうぶ」
ボゴタに住んでいるエバは、三人のお姉さんのいるパルミラはともかく、カリはよく知らないはずだ。しかし、パルミラに住んでいるエミルセは、隣り町のカリには詳しいはずだった。観光地を巡るのだから、エバと二人だけより、少しでも詳しい人間がいっしょのほうがよかった。
「バモス(行こう)」
エミルセの家を出て、通りでタクシーを拾おうとしたが、なかなか流しのタクシーが来ない。五分ほど待って、ようやく一台のタクシーが通りかかったので、手を挙げて停めた。三人がタクシーに乗りこんだとき、エバが「あっ」と声を出した。
「リュージ。彼女、エミルセの子供、ソニア」
エミルセの家の前には、一人の若い女性が立っていた。エミルセほどではないが、少し太っている。色も少し黒い。顔もエミルセに似ていた。
エバがソニアにいっしょにカリに行かないかと誘ったが、彼女は用があると言って断った。
タクシーが走り始めた。鼻の下に髭をたくわえた中年の運転手が、どこに行くのか尋ねた。エバが「カリまで」と言った。運転手が何やらエバに言った。
「リュージ。カリまで一万ペソ。でも、あちこち行くのなら、三時間で三万ペソでどうかって。そのほうが安いって。どうする」
カリまでは車でも三十分はかかる距離だ。一万ペソはするだろう。日本人だけなら、もっと吹っかけられたかもしれないが、現地人が二人もいる。何ヶ所か回り、空港まで行くとしたら、妥当な値段だなと思った。
「分かった。それでいいよ」
タクシーはすぐに街中を抜け、昨日通った幹線道路に入った。運転手はラジオの音楽を流しながらアクセルを踏みつづけている。流れているのは、もちろんサルサかメレンゲだ。コロンビアのタクシーでは、例外なくラテン音楽を流していた。
聞き覚えのあるサルサが流れた。
「お、これ、グルーポ・ニーチェだね」
「なんだ、お客さん。サルサが分かるの」
ちょっと小太りで、鼻髭の感じがサルサ界の大御所、ヒルベルト・サンタ・ローサに似ている運転手が、笑顔で振り返り、わたしのほうを見た。
「何が好きなの」
「そうだなあ。マーク・アンソニーとかビクトル・ラボエとか。グルーポ・ニーチェやソン・デ・アスーカルなんてのも好きだよ」
わたしは自分が持っているCDの歌手の名前を挙げた。もちろん、ご当地カリ出身のグルーポ・ニーチェやソン・デ・アスーカルの名前を告げるのも忘れなかった。その一言で、運転手はご機嫌になった。これで、この運転手からぼられることはあるまい。
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