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「でも、コロンビアはカトリックだろ。どうして、エバのパパは五人も奥さんいたの」
「そう、コロンビアでは一回結婚すると、セパレートできない。だから、エミルセのお母さんも、わたしのお母さんもパパとは本当の結婚してない」
「じゃ、パパは浮気者じゃないか」
「違う。パパはかっこよかった。もてた。でも、浮気者じゃない。一回一回、ちゃんと前の女とはセパレートしてる。家族の面倒も見てる」
「それじゃ、お金持ちだったんだな」
「ノー。普通」
「でも、エバは大学にお父さんの会社の奨学金もらって行ったんだろ。本当の奥さんの子供じゃなくても、会社から奨学金もらえるのか」
「だいじょうぶ。それ、関係ない。コロンビアでは本当の子供ならもらえる」
開発途上国はほとんどそうだが、貧富の差が極端に大きい。コロンビアでも金持ちはとてつもなく金持ちだ。そういう上流階級だったら、たとえ父親が死んでも莫大な遺産があるから、日本に出稼ぎに行く必要はなかったろう。しかし、二十一人もの子供を育て、しかもエバを、奨学金を利用したとはいえ、大学にまでやったということは、中流階級でも上のほうだったとは思う。
日本語がまったく分からないエミルセは、わたしたちの会話を黙って笑顔で聞いていた。彼女は小柄だが、体重は八十キロくらいはある、いかにも人の良さそうなオバさんだった。夫をほかの女に奪われても、けなげに二人の子供を育てている、典型的なコロンビアの庶民だった。
だが、彼女のような女性でも、日本に行けば変わるはずだ。物があふれる日本。あれも欲しい、これも欲しいという物欲がわく。しかし、現金がなければ何も買えない、食べることさえ出来ない。ところが、一歩足を踏み外せば、それだけで望みは何でもかなう。
エバも日本に来たばかりのころは、エミルセのような純粋さがあった。わたしは、その純粋さ、一途さに惚れた。だが、彼女の日本滞在が長引くにつれて、彼女から純粋さが失われていった。日本の金が、日本の男が変えたのだ。
エミルセの家は、意外に広かった。入ったすぐのところがリビング兼ダイニングキッチンである。十五畳ほどはあるだろうか。その奥の右側がシャワールーム、左側が天井のない中庭で、洗濯物が干してあった。そして、またその奥に寝室が三つあるという構造になっていた。日本式にいえば3LDKだが、団地サイズよりはかなりゆとりがある。ただ、建物自体はかなり古く、築二~三十年といったところか。
リビングのテーブルに座らされ、エミルセがコーヒーを出してくれた。すでに砂糖がたっぷり入っている。日本人には甘すぎるが、これがコロンビアでは一般的な「ティント」というコーヒーだ。日本にいるコロンビアーナたちも、喫茶店でコーヒーを飲むときは、砂糖を三杯も四杯も入れて飲んでいる。
コロンビアはブラジルなどと並ぶコーヒーの輸出大国だが、いいコーヒー豆は日本などの大消費国が高値で買い上げてしまう。だから、コロンビアの庶民は安いクズ豆しか買えない。クズ豆ではコーヒー本来の味や香りをストレートで味わうことが出来ない。それで砂糖をたっぷり入れて飲む習慣が出来たのだろう。
「エバ。エミルセの子供は? ハズバンドは?」
「子供二人いる。女と男。女、たぶん近くにいる。男、いま学校。ハズバンド、十年前、アメリカ行った。アメリカで仕事してる。ハズバンド、アメリカで別の女と結婚した。コロンビアに帰らない」
「じゃ、エミルセたちはどうやって生活してるの」
「アメリカから、ときどきお金送ってくる。でも、ときどき。だから、お姉さん、貧乏」
「お姉さん、何歳」
「五十歳。わたしのお母さんみたい」
「エバは二十五歳だろ。ずいぶん歳が違うじゃないか」
「エミルセ、お姉さん。パパ、同じ。でも、お母さん違う」
エミルセはエバの腹違いの姉だった。エバの父親には五人の妻がいて、エバ自身の母親は五番目の妻だった。そしてエバは五番目の娘。父親からすると、二十一番目の子供だ。エバが一番下、その上がイタリアにいるサリー、そしてパルミラにいる三人のお姉さんが、長女から三女だとばかりわたしは思っていた。腹違いの兄弟姉妹とは付き合いがないと思っていたからだ。だが、エミルセだけは腹違いだったのだ。
日本なら腹違いの兄弟姉妹は仲が悪いものだ。それなのに、その腹違いの姉に母親代わりに育ててもらったという。腹違いでも、いまだにお互いに行き来がある。コロンビアらしい大らかさというのだろうか。
タクシー代千五百ペソを払い、車を降りた。
「ここがお姉さんの家」
エバは正面の家を指差し、玄関をどんどん叩いた。
「隣りはイグレシア(教会)。日本人やってる」
そう言われて隣りをよく見てみると、本当に日本語とスペイン語で教会の看板が掲げてあった。しかし、十字架が屋根にあるというような教会らしさはまったくない。看板がなければ普通の民家だ。「イエスの御霊…」と書いてあるところから見ると、「モルモン教」や「エホバの証人」のような、キリスト教でも新興宗教にあたる教団なのだろう。
カトリックやプロテスタントの教会が日本に伝道師を送り込むというのは、フランシスコ・ザビエル以来、無数にある。また、日本の仏教教団や新興宗教が外国に日本人を布教のために送り込むこともよくある。日系人や在留邦人の多いロサンゼルスやブラジル、ペルーなら日系人のための教会があるというのも聞いている。
だが、コロンビアには在留邦人どころか日系人さえも少ない。ということは、コロンビア人のために日本のキリスト教団が、カトリックの本拠地に日本人の伝道師を送り込んでいるということになる。こんな例は、わたしは聞いたことがなかった。
ガチャガチャと音がして、ドアが開いた。中から五十歳くらいの太ったオバさんが出てきた。色が黒い。明らかにメスティーソだ。エバも少し黒いが、エミルセほどではなかった。
「リュージ。彼女、エミルセ。わたしのお姉さん」
「メ・ジァモ・リュージ。ムチョ・グスト」(リュージです。よろしく)
「ムチョ・グスト」
エミルセは笑顔でわたしを家に招き入れてくれた。わたしに対する敵意はまったくない。妹を助けてくれた恩人という気持ちがあるからだろうが、一般的にも女性のほうが男性より日本人に対して好意的なような気がした。日本人の男に自分の国の女を取られているという敵意があるのではないか。
「明日、どうする。飛行機は午後二時。だから、朝早くお姉さんのところに行く。一番上のお姉さん、エミルセの家。あとでカリに行く。オーケー?」
エバは勝手に予定を決めてしまったが、異論はなかった。エミルセというお姉さんにも会いたかったし、せっかくだからカリにも行きたかった。そのためには朝早くから行動を起こす必要があった。
「何時にお姉さんのところに行く?」
「九時半くらい」
「オーケー。じゃ、九時に起きればいいな。ウイスキーでも飲もう」
思ったよりゆっくり起きればいいことになったので、フロントに氷とミネラルウォーターを注文して、二人で酒を飲むことにした。
残っていたシーバースリーガルを全部空けた。二人とも酔っ払って、それぞれのベッドに横になった。エバが電気を消した。しばらく二人とも沈黙が続いた。
「リュージ。わたしを食べる?」
わたしはもちろん食べた。
九時に起き、シャワーを浴びた。このホテルのシャワーも、温水ではなく冷たい水道水だった。もちろんバスタブもない。わたしと入れ替わりにシャワーを浴びたエバに、「コロンビアのホテルのシャワーは、どうしてお湯が出ないんだ」と聞いた。
「ボゴタは寒いからあったかいお湯のシャワー使ってるよ。わたしのアパートも。でも、ほかのところは暑いから、いらない。お金ないし」
確かに暑いことは暑いのだが、タイやフィリピンのような、たちまち汗が吹き出るような暑さとは違う。日中はそこそこ暑いが、朝晩は涼しいくらいだった。そんな気候で水のシャワーはこたえた。
「わたしも日本から帰ったばかりのときは冷たいと思ったけど、もう慣れた」
急いで着替えて、フロントでチェックアウトした。ホテルの玄関に、タクシーが一台待機していたので、それに飛び乗り、エミルセの家に向かった。ほんの五分ほどで同じような一軒家が密集している住宅街に着いた。一軒家といっても、みんな平屋建てで、家と家の壁は接している。屋根の高さも一定だ。日本の木造の長屋をコンクリート造りに代えたようなものだった。
土地は有り余っているから、ここでは別にマンションを建てる必要はない。公団か大手の不動産会社が建てた建売住宅なのだろう。
一人きりになり、荷物の整理を終えたあと、窓から外を眺めてみた。通りは賑やかで、店もほとんど開いていた。だが、不良っぽい男たちが数人ずつたむろしているのが目に入った。外を散歩してみたい気もあったが、土地鑑もないうちの夜の一人歩きは危険だと判断して止めた。エバが帰ってくるのを待つ間、テレビを見ながら時間をつぶすことにした。
一時間で戻ってくるとエバは言ったが、彼女が帰って来たのは、二時間ほど経った午後九時ころだった。手には、フライドチキンの入った袋とコーラを持っていた。
「リュージ。食べる? これおいしいよ。ケンタッキーよりおいしい。カリのフライドチキンがコロンビアで一番おいしいの」
エバが買ってきたチキンも香辛料を塗って焼き上げていた。ケンタッキーというより、インド料理のタンドリーチキンのような感じだ。皮がパリッとしていておいしい。エバもお姉さんのところでは食事するどころではなかったらしく、二人で二人前を平らげた。
「エバ。三人のお姉さんのところ、全部行ったの」
「うん」
「どうだった? 家の話は」
「もう諦めた。家はお姉さんにあげると言った。しょうがない」
「……」
「そのお姉さん、一番貧乏。だから、お金も一番助けた。でも、彼女、『家はわたしのもの』って言って聞かないの。家賃はタダでいいっていうのに。だから、もういい。家はプレゼントした。お姉さんのハズバンド、仕事しない。だから、お姉さん、今もお金ない。電気も水道代も払うお金ない。でも、わたし、もう助けない。ほかのお姉さん、彼女のこと怒ってる。でも、わたしはもういい。関係ない。たぶん、彼女、そのうち家を売る。住むところなくなる。でも、それ、わたしに関係ないこと」
エバは、その「一番貧乏なお姉さん」の名前はわたしにはけっして口に出さなかった。たぶん、口に出すのも嫌だったに違いない。日本でも、遺産相続などで兄弟姉妹が骨肉の争いをすることはよくある。ドラマや小説ではなく、わたしの親族にも現実にあった。金が絡めば、肉親でももめるのは世界共通だ。肉親の結束が強いコロンビアでも、それは例外ではなかった。
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