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タクシーは中心街に入って、ある古びたホテルの前で停まった。名前を見ると、ホテル・エルドラドというらしかった。タクシーを待たせ、フロントに部屋が空いているか尋ねると、空いていて料金も二万五千ペソ(約2500円)だ。カードも使えるというので、もちろんオーケーした。
鍵を預かって、二階の部屋に上がった。道路側の部屋で、窓を開けて空気を入れ替えると、外の喧騒が部屋にまで入ってきた。天井には、コロニアル建築物によくあるような大きな扇風機がゆっくり回っていた。
ここもベッドが三つあった。部屋も日本のホテルの二倍くらいある。家族で泊まることが多いから、コロンビアではどこでもベッドを三つ常備しているのだろうか。建物の大きさは前夜泊まったホテルとは比べ物にならないくらい大きいが、古さは同じようなものだ。これでもパルミラでは上のクラスのホテルなのだろう。
「リュージ。わたし、お姉さんのところに行って来る。一時間で帰ってくるから。あなた、その間、どこかに行く? でも、ここ危ないよ」
「行かないよ。ここで待ってる」
「じゃ、何か食べるもの買ってくるね。何がいい。ここはチキンがおいしいのよ」
「それでいい」
「タクシーのお金ちょうだい。チキンも買うし」
「いくら」
「三万ペソ」
「高いじゃないか。タクシーなんて、借り切りにせずに、一回一回乗れば、もっと安くなるだろ」
「だめ。お姉さんのアパート、タクシー捕まらない」
三万ペソを渡すとエバは荷物を置いて、わたしの渡したみやげ物だけを持って出て行った。
幹線道路の途中で料金所があった。二千ペソの通行料を払わされた。幹線道路といっても、アスファルトで舗装されているのはごく一部。ただ道幅が三車線くらいあって広いだけだ。だが、通行量が少ないので、タクシーは百キロくらいのスピードで突っ走った。
パルミラの町に入り始めたとき、エバが突然「あっ、あれ、クラウディアじゃない」と大声を上げた。クラウディアというのは、日本にいたときエバの唯一の親友で、エバが逮捕された十日後に同じように逮捕され、強制送還されたコロンビアーナだ。
「えっ、どれ、どれ」
「さっき道を歩いていた金髪の女。クラウディアはパルミラ出身なのよ。わたし、一ヶ月前にパルミラに来たときも、彼女に会わないかと、道を歩いている人を一生懸命見てたけど、会わなかった。彼女に会いたい」
「彼女の連絡先は知らないんだろ」
「知らない」
「そんなに会いたいなら、電話番号くらい教え合っていればいいじゃないか。エバが『教えるな』と言うから教えなかったんだぞ」
「……」
エバは、日本にいるコロンビアーナの誰にも本当は心を許していなかった。本当の姉妹でもこじれているのだから、赤の他人、しかも売春婦仲間に自分の実家を知られたら、万一のときに骨までしゃぶられると思いこんでいた。
エバが捕まったとき、クラウディアは差し入れの品物を渡すから、エバにプレゼントしてくれとわたしに言った。不幸にして、クラウディアはわたしに差し入れの品物を渡す前に逮捕されてしまったが、そんな彼女にも、エバは「わたしのアパートの電話番号は、絶対クリスにも教えないで」と言う態度をとったのだ。
「いまさらそんなこと言っても遅いよ。だけど、クラウディアじゃないかもしれないじゃないか。似たような顔の女はいっぱいいるだろ」
「でも、わたし、前にアドレアーナ、ここで見た。アドレアーナ知ってる?」
「知らない」
「前、仕事いっしょの女。わたし、彼女のこと気がついた。でも、彼女はわたしのこと気がつかなかった」
「どうして声をかけなかったんだ」
「わたし、彼女のこと好きじゃないから」
エバはアパートを借りず、いつも自分の荷物をトランクに詰めて持ち歩いて移動していたから問題はなかったが、友人と共同でアパートを借りていると、誰かが逮捕された場合、よくトラブルが起こるらしい。
以前、別のコロンビアーナに尋ねたことがあった。
「もし、女が捕まったら、アパートの荷物はどうなるの」
「たぶん、ほかの女がドロボーするよ」
強制送還されるときは、トランク一個分くらいしか持って帰れない。エバの場合も入管で最低限のもの以外は捨てさせられた。仲のよい兄弟姉妹が日本にいる場合は、宅急便で送ることもできるが、ふつうは電化製品や装飾品などは、みんなで山分けしてしまう。それで、コロンビアーナたちは、ある程度稼ぎ終わったら、いつ捕まってもいいように、帰りの航空券を買っておき、現金と共に持ち歩いている。ほかの物は捨ててもいい覚悟なのだ。
コロンビア第三の都市で、マイアミ、ニューヨークなどを結ぶ国際線が発着しているだけあって、カリの空港はさすがに大きかった。預けている荷物はないので、すんなりとゲートを通過し、タクシー乗り場に向かった。ネイバからカリまで二時間もかかったため、もう夕暮れになっていた。
客待ちしていたタクシーに乗り、エバのお姉さんが住んでいるパルミラに向かった。カリ空港(正式にはパルマセカ国際空港)は、正確にはカリとパルミラの中間に位置していて、どちらにも車で二十分くらいの距離である。タクシーはすぐに幹線道路に入った。郊外にあるため、幹線道路といっても両脇はずっと農園になっている。
かなり暗くなってきて、タクシーはヘッドライトを点けた。
「リュージ。わたし、ここに三人のお姉さんがいる。これから三人のお姉さんのうちに行く。でも、そのうちの一人のお姉さんと、わたし、喧嘩してる。だから、あなた、わたしと一緒できない。あなた、ホテルで待ってる。オーケー?」
「分かってるよ」
幼くして母親に死なれたエバは、お姉さんたちに育ててもらったようなものだった。だから、日本にいるとき、自分の口座に送金するだけでなく、お姉さんたちにも少なくない金を送金していた。中でも一番貧しいお姉さんには、百万円の家を買い、そこに住まわせてやった。ただ、それは自分名義で家を買い、タダで住まわせてあげるという約束だったが、強制送還されてみると、家はエバ名義ではなくお姉さん名義になっていた。それで、「名義をわたしに戻せ」「いやわたしのものだ」という喧嘩になっていたのだ。
わたしがコロンビアに来る一ヶ月前、エバに何度電話しても、連絡が取れないことが二週間くらい続いた。管理人の男は「パルミラに行っている」と言うだけで、いつ帰ってくるのか分からなかった。今回、エバがパルミラに行く気になったのは、わたしを案内するだけでなく、そのお姉さんと最後の直談判をするつもりだったのだ。
わたしとしては、そんな修羅場に居合わせたくない。まがり間違えば、刃傷沙汰になってしまうかもしれなかったからだ。一人でホテルにいるのは心細かったが、日本人のわたしがいれば、よけい話がこじれる可能性もあったので、おとなしくホテルで待つことにした。
バッタ飛行機は、三たび飛び上がった。水平飛行に移ったころ、突然雲行きが怪しくなった。雨が降り始めたらしく、窓を水滴が流れている。それだけでなく、遠くでピカッと光り、しばらくして雷鳴がとどろいた。雷雲の中を突き進むのか、それとも避けて飛ぶのか、心配になった。
だんだん雷が近づいてきた。ピカッときたあと、すぐにドカーンとくる。飛行機は安全だと言われているが、大型ジェット機ならともかく、こんな小さな飛行機が直撃されたらどうなるのか。計器類が破損してしまわないか、冗談ではなく心配になった。
その直後にドカーンと、一番大きなやつがきた。機体がビリビリ振動した。エバの方を見ると、前の座席にうつぶせになってしがみついている。
「エバ、だいじょうぶか」と声をかけると、「怖い」と蚊の鳴くような声で言った。この一年ほど前に、マイアミからカリに行く飛行機が、着陸寸前に山の中に激突して百数十人が死んだという事故を思い出した。コンピューター制御している大型ジェット機でさえ、事故るのだ。ひょっとしたら、わたしも「コロンビアで飛行機事故。搭乗者名簿に邦人一名の名前あり。当局が確認中」なんてことで新聞に報じられることになるのではと、真剣に思った。これなら崖崩れの心配があっても、ポパヤン経由でバスで行ったほうがましだったと思った。
幸い、でかい雷鳴のあとは雷雲から遠ざかったのか、だんだん光りが遠のいていった。それと同時に、機体が降下し始めた。滑走路が見え、車輪が地面に接地した音を聞いた瞬間に気が抜けた。こんな緊張感は、生まれて初めて飛行機に乗ったとき、十メートルくらい落下した乱気流に巻き込まれたとき以来だった。
ドアが開き、乗客全員がよろめくように外に出た。エバも大地を踏みしめてほっとしたのか、わたしに向かって「だからわたし、飛行機嫌い」とつぶやいた。
また、プロペラが唸りを上げてバッタみたいな飛行機が飛び立った。と思ったら、今度は十分ほどで、すぐに降下し出した。着陸し、乗客が降り始めたので、「やれやれ、やっとカリに着いたか」と思って腰を上げると、エバが首を振って「ノー。ここ違う。まだ」と言った。
「どこなの。ここ」と聞くと、「ペレイラだ」と言った。ペレイラという土地には聞き覚えがあった。日本に出稼ぎに来ているコロンビアーナたちの多くは、コロンビア第二、第三の都市であるメデジンやカリの出身であるが、その次に多いのがペレイラやカリの隣町のパルミラなのだ。
それに、エバがボゴタの旅行代理店の担当者と会話しているとき、ネイバとかボゴタ、カリという地名のほかに、イバゲとかペレイラという地名が出ていたのを思い出した。そのときはどうしてそんな地名が出てくるのか分からなかったが、ネイバからカリに行くには、イバゲだけではなく、ペレイラも経由するという面倒くさいことをしなくてはならないという話だったのだ。
ペレイラの空港では、飛行機を降りず、そのまま機内で待たされた。乗客は二人降りて、六人が新たに乗りこみ、満席になった。乗客が全員乗りこんだタイミングで、女性の空港職員が入ってきて、パンケーキとジュースを配り始めた。普通は飛行機が水平飛行に移ったタイミングで出されるものだが、スチュワーデスもいない飛行機だから、着陸しているときに出したらしい。
どうでもいいことだが、イバゲやペレイラで降りた客には何のサービスもなかったことになる。ペレイラとカリが四つの都市の中で比較的大きいから、この区間だけサービスしたのだろう。
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