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しばらくして操縦士が乗りこんできた。副操縦士もいないし、もちろんスチュワーデスもいない。計器類も客席からは丸見えだ。もし操縦士が心臓発作でも起こしたら、御陀仏である。
ブーンというプロペラ機特有の音がしてプロペラが回りだした。振動が座席にもろに伝わる。エバが不安そうな顔でわたしのほうを見た。機体がゆっくり動き出し、滑走路に入った。プロペラの音が一段と大きくなり、飛行機はスピードを増して、あっという間に離陸した。
わたしたちが普段利用する中型以上の旅客機と違って、足の下は鉄板一枚という感覚が機体の振動を通して伝わってくる。機体も座席の感じからして、二十年以上は経っている。アメリカかどこから買った中古機だろう。整備もちゃんと行っているのだろうか。飛行機には慣れたつもりだったが、さすがに初めて飛行機に乗ったときのように緊張した。
機体は二十分ほどで降下して、空港に着陸した。イバゲ空港だ。ネイバからカリまでは、直線距離にしたらたいしたことはないのだが、間にネバデウィラ山という五千七百五十メートルもの高山があるので、いったん北へ行き、また南下するという迂回コースを取らなければならないのだ。もちろん、ジェット機なら一万メートル上空を飛ぶのだから問題はないのだが、距離が近すぎるのと、ジェット機では利用客が少ないため採算が合わないのだろう。
飛行機のドアが開くと乗客たちがゾロゾロと降り始めた。エバを見ると、「降りるのよ」と目で合図した。いったん全員が降りることになっているらしい。イバゲ空港も平屋建ての小さな空港だった。建物まで、ほんの数十メートルを歩いて行った。
「三十分待つの。ここで」
乗り換えの客の待合室には、ベンチがいくつか置いてあるだけだった。ただ、その脇に血圧計を持った四十歳くらいの女性が立っていた。何のためにいるのかなあと不思議に思っていると、わたしに微笑みながら近寄ってきた。どうやら血圧を測ってやるということらしい。
腕をまくって血圧を測ってもらったあと、彼女は数値を見ながらわたしに何歳なのかと聞いた。一瞬スペイン語に詰まったが、「四十歳」と答えた。するとエバが「リュージ。本当にあなた四十歳?」と、疑っているような口調で尋ねた。
「本当だよ」
「わたし、三十八歳だと思ってた」
「それはエバと出会ったときだろ。それからもう二年過ぎてんだぞ」
血圧は異常がなかったらしく、女性は「問題ない」と言った。そのままベンチに座ろうとすると、エバがすかさず「チップあげて」と口を挟んだ。空港のサービスだとばかり思っていたのに、結局は「押し売りサービス」だったのだ。
「いくらチップやればいいの」
「千ペソくらい」
ポケットから小銭ならぬ小額紙幣の札束を取りだし、その中から千ペソ紙幣を彼女に渡した。コロンビアでは端数はみんなチップで取られてしまうので、スーパーマーケットなどで買い物でもしない限り、コインが貯まらないのだ。
アナウンスが流れ、わたしたちは再び同じ飛行機に搭乗した。乗客は四人分ほど空席があった。新たな乗客が一人混じっていたので、五人降りて、一人乗ったことになる。
「もういいだろ。飛行機の時間来る。ホテルに戻るぞ」
歩いてホテルに戻り、預けていた荷物を受け取り、タクシーで空港に向かった。空港に着き、タクシーから降りて、空港の玄関口に向かうと、客待ちしている運転手の中に、昨日サンアグスティンまで乗せてくれたマックイーンがいた。今日も空港で「一発長距離」を狙っているらしい。わたしたちの顔を見つけ、笑顔で「よう、サンアグスティンはどうだった。よかったか」と声をかけてきた。
「もちろん、よかったよ」
わたしはマックイーンと握手し、「チャオ」と言って別れた。
カウンターでチェックインを済ませ、待合室で搭乗時間まで待った。搭乗案内のアナウンスが流れたのでゲートを出ると、驚いた。わたしたちを待っていたのは、セスナよりも小さいバッタみたいな飛行機だったのである。
わたしは以前、長崎空港から五島列島まで行ったとき、九人乗りのおもちゃみたいな飛行機に乗ったことがあった。地上数百メートルくらいを飛ぶ飛行機で、そのうえその日は風が強く、次の便から欠航してしまったくらいだったから、肝を冷やした。今回の飛行機は、形こそ違うものの、同じく十人乗りくらいのミニ飛行機だった。
エバも、飛行機の小ささを見て怖がった。だが、ここまで来て後には引けない。二人で乗りこんだ。十人乗りだから、座席は横に一列ずつである。エバとわたしは通路を挟んで左右に座った。
「リュージ。あと、ヘアドライアー壊れてる。だから、電気のお店探す」
「分かったよ」
美容院・理髪店が集中している一角から、ホテルの方角に歩いていると、大通りの角に電気店があった。といっても田舎町だから、大型店ではなく、街の個人商店だ。
店の中に入り、エバがヘアドライヤーを直してくれるように頼んだ。だが、店の女性従業員に「出来ない」と断られた。百ボルトの日本製のものを百十ボルトとコロンビアで使いつづけていたのだから、電熱線がおそらく焼き切れているのだろう。すぐには修理できないはずだ。
「じゃ、新しいの買って。誕生日でしょ」
「またかよ」
だが、エバが使っていた櫛付きのヘアドライヤーはなく、美容院や理髪店が使っている古いタイプのドライヤーしか売っていなかった。何種類もの櫛が付けかえられるようなハンドドライヤーは、日本独特のものなのだろうか。
「しょうがない。リュージ、あなた日本に帰ったら、わたしの持っているのと同じの買って、宅急便で送って。あれ、安い。三千円」
確かに日本のディスカウントショップの売り出し商品だったら、二千円台でも買えそうだ。コロンビアの変な店で買うよりは、安いかもしれなかった。ところが、エバはまだ諦めない。売り場にあったテープレコーダーを見つけてわたしに言った。
「リュージ。このテープレコーダー、プレゼント」
「だって、ウォークマンくらい持っているだろ」
「ノー。レコード(録音)できるのほしい。わたし、もうすぐ大学行くでしょ。先生の講義をこれで録音して勉強する。ずっと勉強してなかったから、これないと勉強についていけない。どうしても欲しい」
テープレコーダーはサンヨーとかソニーなど日本のメーカーのものが何種類か展示してあった。値段を見てみると、五万ペソ平均だ。日本のヨドバシとかサクラヤでも、ステレオ録音ではない会議録音用の安いものでも八千円とか九千円はしたはずだ。こういう中南米でもよく売れそうな商品は、メキシコあたりの工場で生産しているから安いのだろう。これなら日本で買って送るより、コロンビアで買ったほうが安かった。
「分かった。もう誕生日のプレゼントはおしまいだぞ」
「うーん。あと、テープとバッテリーもね」
まったく、コロンビアに来てからというもの、セーターから始まって、毎日のように誕生日名目で何かを買わされていた。これではエバが「コロンビアに来て」とわたしに言ったのは、わたしに会いたいためではなく、物を買わせるためだったように思えてくる。銀座のホステスのように、何十万円もの物をねだるというわけではないからいいようなものの、利用されているだけという気がしてならなかった。
しばらく歩くと、美容院や床屋ばかりが集まっている地域があった。日本でも青山あたりは美容院の密度が高いらしいが、それでも隣近所みんな美容院ということはない。秋葉原のように電気街ならともかく、美容院や床屋は離れ離れに存在したほうが、営業的にはいいのではと思ったが、これがコロンビア流なのだろう。
エバが、そのうちのひとつの店の前で立ち止まって言った。
「リュージ。わたしの誕生日、昨日でしょ。だから、ヘア、きれいにしたい。いいでしょ」
「えっ、だって、時間ないよ」
「だいじょうぶ。セットだけ」
「でも、セットなんて髪の毛洗ったら、それで終わりでしょ。一日しかもたないよ」「でも、わたし、誕生日。きれいにしたい」
「いくらなの」
「六千ペソ。安い。安い」
「しょうがないなあ」
エバはうきうきしている。彼女が髪の毛をセットしてもらっている間、わたしは店の入り口のソファで、置いてあるヘアカタログ雑誌やファッション雑誌を見ながら、じっと待っていた。美容院で大の男が座っているなんて、恥ずかしいったらなかった。整形クリニックに行ったときのような恥ずかしさだ。幸い他の女性客がいなかったのが不幸中の幸いだった。
美容師は四十歳くらいの、人の良さそうなオバさんだった。日本の美容院のような小奇麗さはない。田舎のパーマ屋といった感じだ。セットは二十分くらいで終わった。
「リュージ。見て。きれい?」
「ああ、きれい、きれい。だから、早く行こう」
「あなた、冷たいね。ちょっと待って。ここにシャンプー売ってる。これ買って」
「え、シャンプーなんてどこでも売ってるだろ。ここじゃなくても。いくらなの」
「六千ペソ」
「それじゃ、日本より高いじゃないか。日本でも、スーパーマーケットなら二百円とか三百円だぞ」
「でも、これ、いいシャンプー。欲しい。わたし、誕生日でしょ」
「しょうがないなあ」
日本の美容院や理髪店でも、シャンプーや整髪料を売っている。だが、それらは中身がどうかは知らないが、プロ用というブランド品なのか、割高だ。しかし、エバの「誕生日」という押しに押されて、わたしは仕方なく合計一万二千ペソ支払った。エバはドライヤーでセットしてもらって、ウキウキしている。どこの女でも、きれいになるというのには弱いのだ。
「リュージも頭カットしたら。頭の毛、長くなっているでしょ。ここ、安いよ」
「いいよ。どんな頭にされるか分からないし」
わたしは日本では、いつも行き付けの理髪店で頭をカットしてもらっていた。普通の理髪店は、何人もの理容師がいて、普通は美容院のように「指名」が効かない。いつも理容師が替わると、いちいち「こういうふうにカットしてくれ」と指図しなくてはならない。それで、一人で店をやっているなじみの理髪店を利用していた。「いつものように」とひとこと言うだけで済んでいたからだ。
だが、こんな田舎町の、しかも言葉の満足に通じない理髪店でカットしてもらったら、コロンビアーノに多いGIカット風にされてしまう怖れが充分にあった。
メインストリートを歩いていると、衣料品店があり、店先に下着売り場があった。下着の替えが乏しくなっていたので、パンツとTシャツを買おうと思ったのだが、ボクサー型のパンツがない。みんなビキニタイプだ。わたしも昔はブリーフだったが、十数年前にボクサータイプに「転向」していた。最初は慣れなかったが、今ではボクサータイプじゃないと納まりが悪かった。
エバに、ボクサータイプのがないのかと聞いてもらったら、ないという。ボゴタの衣料品店にはあったのに、どうしてここには売っていないのか不思議に思って聞いてみた。
「エバ、どうしてビキニしかないの。コロンビアの男は、みんなこれなの」
「そうよ。みんなこれ。セクシーでしょ」
ボゴタでは、大きなショッピングセンターの中の衣料品店だったので、売っていたのだろうか。ともかく、ビキニしか売っていないので、恥ずかしいがそれを買うしかなかった。
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