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わたしが帰ろうとしたとき、入り口から入ってきた男がわたしに話しかけてきた。
「失礼ですが、彼女とはどういう関係ですか」
口調は穏やかだったが、いかにもわたしを怪しんでいるという様子だった。
「友人です。ディスコで出会って、それから…。病気になったときは病院に連れていったこともありますし」
「ほう、それは金がかかったでしょうね」
「いや、友人が医者なもので、たいしては」
「そうですか。じゃ、けっこうです」
一瞬、取調室にでも連れて行かれるのかなと思ったが、それ以上は、つっこんで聞かれなかった。前回面会に行ってもらった友人は、フリーライターの名刺を出して、副署長に逮捕されたときの状況を聞いたそうだ。取材だと思われたらしい。わたしのことも、いろいろ聞くと逆に取材されると思って警戒していたのかと思った。
わたしは警察署を後にして、まっすぐ空港へ向かった。東京へ戻り、夜にコロンビアレストランのママに頼んでイタリアのサリーとコロンビアのお姉さん、リリアナの会社に連絡をしてもらい、エバの様子と拘留の見通しを伝えた。サリーは自分の住所と銀行の口座をわたしに教え、そこに振り込むように再度要求した。わたしは判断はエバに任せることにした。金のゴタゴタに巻き込まれたくなかったのだ。
エバのことを心配していたクラウディアにも電話した。だが、携帯電話が通じない。何回かけても留守電になっている。伝を頼っていろいろ調べて見ると、エバが捕まって約十日後、彼女も沖縄で逮捕されていることが分かった。彼女の仕事場に手入れが入り、外国人全員が捕まったらしい。沖縄はかなり遠い。わたしは彼女の本名を知らないし、そんな遠隔地に面会に行く余裕もない。エバの消息を伝えたいという気持ちと、コロンビアに行ったとき、エバだけでなく、クラウディアの強制送還後の生活を確かめたい気持ちもあったが、それ以上わたしの手には負えなかった。
ホテルを八時過ぎにチェックアウトし、近くの喫茶店でモーニングサービスの朝食を摂ってから、九時過ぎにタクシーで警察に行った。昨日と同じように手続きを終え、エバと面会した。差し入れの手続きも済ませた。
彼女は運動の時間中ということで、三十分くらい待たされた。
「オラ! リュージ、元気?」
エバは、この日も意外と元気そうだった。
「エバ、歯ブラシ、歯磨き買っておいた。さっき差し入れたから」
「ありがとう」
「あと、今日の朝、サリーに電話した。彼女、ビックリしてた」
「そう? あと、何言った?」
「お金、イタリアに送ってくれって。どうする」
「まだ分からない」
エバもサリーに送金するのは危ないと思ったのだろうか。しかし、そんなや身内のやこしい話を警察官の前で話するわけにはいかなかった。
「エバ、今日、これから東京に帰るから」
「ありがとう、リュージ。あなた、今度いつ来る?」
「えっ」
どう答えていいのか迷った。わたしは最後だからと思って、思い切って面会に来たのだ。裁判になって、こんなに長引きそうだとは思わなかった。すでに友だちに来てもらった分を合わせて、十数万円使っている。一ヶ月ほどあとから、毎月二十万円ほど副収入が入ってくる予定があったから、無理して来たのだ。しかし、わたしはエバに頼られている。「もう来ない」とは言えなかった。
「二週間あと。ここ遠いから、いっぱいは来れない」
「だいじょうぶ。ありがとう。わたし、待ってるね。手紙書く」
「俺の住所は分かっているだろ」
「分かってる。あと、クラウディアが心配していたよ」
「本当? でも、あなた、クラウディアにわたしのアドレス、名前、教えないでね。お願い」
「分かった」
エバは、コロンビアに帰ったら、昔の仕事仲間と付き合いたくないと以前から言っていた。「わたしには日本でコロンビアーナの『友だち』はいない。『同僚』だけだ」と常々言っていた。金を使い果たした昔の同僚に、たかられに来るのを怖れていたのだ。おそらくサリーのアドバイスなのだろうが、差し入れを持って行って欲しいとまで言っていたクラウディアまで信用していないところに、エバのコロンビアーナらしくない用心深さがうかがわれた。
面会時間の終わりが来た。少なくとも、もう数回は面会に来なくてはならない羽目になった。きちんとエバがコロンビアに帰るのを見届けたい。その一心だった。
留置係の担当官のところに行き、彼女の処分について尋ねた。
「起訴されましたからね。数日のうちに拘置所に移されるでしょう。そこで裁判を待つことになりますね」
「そうですか。裁判までどのくらいかかるのでしょうか」
「それは分からないですね。一ヶ月先か二ヶ月先か、事件はこれだけじゃないですから、裁判所のスケジュールもありますし」
「分かりました。彼女にまた来てくれと言われてるんですが、今度はどこに行ったらいいんでしょうか」
「じゃ、お教えします。いいですか。ここは刑務所と拘置所を兼ねているんです」
わたしは刑務所の住所と電話番号をメモした。コロンビアのお姉さんたちにも、住所を教えなくてはならない。電話や面会はもちろん無理でも、手紙くらい出せると思ったからだ。
駅に着いて、まず安宿を探した。高い飛行機代を払ったから、できるだけ安い宿がよかった。遅い時間ならサウナでもよかったが、まだ昼の二時過ぎだ。時間をつぶすのに苦労するので、自由に出入りができるビジネスホテルを探した。
まず駅の周辺を歩いて見当をつけ、次に電話帳でビジネスホテルの欄を探して値段を何ヶ所か聞いた。幸い駅の近くに三千五百円というビジネスホテルがあった。さすが地方都市である。東京ならカプセルホテルでも泊まれない。
チェックインを済ませ、まず仮眠した。早朝に起きたので、三時間ほどしか寝ていなかった。ベッドのほかにはほとんどスペースがないという小さな部屋だったが、それでも風呂はあるし、カプセルよりははるかにましだった。
二時間ほど眠って、外出した。まずエバに頼まれた歯磨きと歯ブラシ、タオルなどをドラッグストアで買った。そのあと早めの夕食を摂った。しかし、食べ終わるともう何もすることがない。繁華街を歩いて回ったが、特別見るべきところもなかった。
しかたなくパチンコ屋に入った。いくらかでも勝てれば、交通費の足しになるかもしれないという淡い期待があったからだ。といっても熱くなるつもりはなかった。せいぜい五千円くらいで大当たりが来なければ引き上げるつもりだった。稼げなくても時間がつぶせればよかったからだ。
幸い三千円のカードで確変の大当たりが来た。二時間ほど粘って、五回大当たりが来た。一万五千円ほどの儲けになった。酒を飲みたい気分だったが、初めての土地で馴染みの店もない。一人で居酒屋に行くのもつまらないので、ホテルに戻って缶ビールと日本酒を自動販売機で買って、部屋でテレビを見ながら飲んだ。
夜の十一時ころ、イタリアのサリーに携帯電話で電話したが、留守番電話になっていた。メッセージは男の声で、イタリア語で入っていた。翌朝、もう一度電話することにして、早めに寝た。
朝七時に起きて、再度サリーに電話した。今度はサリーが直接出た。
「サリー? リュージだ。日本からかけている。分かる?」
「分かる。元気? どうしたの。久しぶりね」
何も事情を知らないサリーは、のんきな口調でわたしに言った。
「エバが捕まったんだよ。M市の空港で。分かる?」
「分かる。本当?。彼女、いつコロンビアに帰る?」
「分からない。裁判になるから、たぶん三ヶ月くらいあとだろ」
「そんなに長い? リュージ、エバはお金持ってるでしょ。それどうする」
「彼女はコロンビアに送ってくれって言ってたけど」
「それ、わたしのところに送って。こっちの銀行でわたしがお金増やすわ。口座を言うからね」
「ちょっと待って。そう言われてもスペルとか分からないから、東京に戻ってからスペイン語ができる人に電話してもらうから。今日、これからまた警察に行って会うから、どうするかエバに聞いてみる」
「分かった。気をつけてね。電話お願い」
エバの安否もそこそこに金の話になってしまった。サリーらしかった。しかし、サリーのところに送ってもいいものか不安に思った。サリーが金を一人占めしてしまわないという不安である。
三百五十万円ともなれば、日本人のわたしでもグラッと来てしまう大金である。同じボゴタにいるリリアナならともかく、イタリアにいるサリーにエバが「金を返せ」と言っても、おいそれとはいかない。姉妹喧嘩の種になりそうな気がしたのだ。
それでなくても、コロンビアに帰ってみたら、送金していた金を家族に使いこまれていて、また日本に戻ってきたという女の話はけっこうあった。いままで送金しておいたエバの金だってどうなっているのか分からないのである。といっても、わたしが決めることではないので、エバにサリーの話を告げ、判断してもらうことにした。
留置係の部屋に戻り、担当官に「ありがとうございました」と礼を言った。
「どうでしたか。話はできましたか」
「ええ。意外と元気そうでした。食事はちゃんと摂っているのでしょうか」
「あまり食欲はないみたいですね。パンを買って与えているんですが、ほとんど食べないみたいです」
「そうですか」
エバは味噌汁が好きで、ファミリーレストランに行くと必ず注文していたくらいだったから、パンより日本食のほうがいいのではとも思ったが、留置場だといまだに麦飯かもしれない。日本人でさえ「まずい」と言う「臭い飯」が彼女の口に合うのか分からないが、警察も気を使ってパンにしたのだろうと思った。
「彼女が歯ブラシとか歯磨きを買ってきてくれと言われたんですが、それは差し入れできますか」
「できますよ」
「じゃ、明日の朝、もう一度来ますので、そのとき買って持ってきます。食事の差し入れはできるのですか」
「いや、だいじょうぶでしょう。必要なら自分で買えますから。お金は持っているみたいですから」
「その金なんですが、彼女からコロンビアに送金してほしいと言われたんですが。どうしたらいいんでしょう」
「それは『宅下げ』という手続きを取ればできます」
五十歳くらいの担当官は、柔和な顔で、エバに付いていた係官と同じことを言った。
「彼女はいくら持っているんですか」
「貯金通帳に三百万円、現金で五十万円ほど持っていますね」
わたしは、あまりの額の多さにびっくりした。せいぜい百万円くらいだと思っていたのだ。彼女は七~八十万円ほど貯まると送金していた。わたしは二度ほどいっしょに銀行に行っただけだが、サリーが来日してからは、彼女といっしょに行っていた。送金カードを見せてもらったことがある。あまり現金を多く持っていると、万一のときに損害が大きいから、こまめに行っていたのだ。
それが、なんと郵便貯金に貯めこんでいた。金を盗まれて、現金を持っていると危ないと思って貯金通帳を作ったのだろう。これは彼女だけの知恵でできるものではない。おそらく「恋人」が彼女名義で作ってやったか、男の名義で作ってやったかのどちらかだ。
エバ名義だったら、警察の言うとおり、本人が申し出れば、わたしが金を受け取り、コロンビアのお姉さんの口座に送金することも可能だろう。しかし、男の名義だったらややこしいことになる。警察が「本人が同意すれば宅下げはできます」と言うのだから、おそらくエバ名義だとは思ったが、男の名義だと分かったら気分が悪いので、あえて聞かなかった。
「彼女のお姉さんに連絡してくれと言われたので、お姉さんと相談してみます」
「はい、そうしてください」
担当官にはそう言ったものの、そんな大金を預かるのは気が重かった。金が届かなかったら、ネコババしたと疑われるのはわたしである。送金の手数料も、三百五十万円なら何万円にもなるだろう。エバの金からその分差し引いてもよいだろうが、そのことで疑われるのもいやだ。とにかくお姉さんと相談することにして、わたしは警察署を出て、バスで駅に向かった。
月曜日の朝、羽田からM空港に飛び立った。約一時間のフライトだった。ちょうど昼時だったので、空港内のレストランで昼食を摂り、タクシーで警察署に向かった。警察署で犯罪者に面会するというのは初めての体験である。緊張した。だが、ためらってはいられない。意を決して面会したい旨を案内の係りに尋ねると、二階に案内された。
ドアを押して、椅子に座っている係官に面会の手続きを申請した。氏名、年齢、住所、職業、容疑者との関係などを書類に書きこんだ。取り調べに入っていて、空振りに終わるかもと思っていたが、幸いエバは留置場にいたらしく、十分ほど待たされたあと、面会室に案内された。面会の際は、日本語で話すようにと注意を受けた。もしスペイン語で話すのなら、通訳を付けなければならない規則らしい。だが、こっちだってまともに話せないのだから、日本語だけで充分だった。
面会室の椅子に座って待っていると、しばらくして三十歳くらいの係官に付き添われたエバが、透明なアクリル板で窓を仕切った小部屋に姿を現した。相変わらずのジーパン姿だ。
「オラ!」
エバはわたしに笑顔で挨拶した。意外と元気そうだ。
「リュージ。来てくれてありがとう。どうしてわたし、捕まった、分かった?」
「友だちから電話があった」
「そう」
「この前、俺の友だち来たろ。太ったの。俺が仕事で外国に行ってたから、代わりに来てもらったんだ」
「うん。聞いた。ありがとう。下着もありがとう」
「何かほかに要るものないか。明日の朝も来るから」
「リュージ。歯ブラシと歯磨き粉、もうない。お願い。あとタオルね」
「分かった。食べるものは。食べられるか」
「だいじょうぶ。あと、お姉さんに電話してくれた?」
「あの電話、間違ってたぞ。違う男が出た」
「そうだと思った。いまから言うから、ここへ電話して。書く、できる?」
「ちょっと待って。オーケー」
「○○○…」
エバはイタリアのサリーの電話を口頭で伝えた。メモを持つのが許されていないので、暗記していた。友人が面会に来たときは、うろ覚えで間違った電話番号を伝えてしまったのだろう。
「あと、コロンビアのお姉さんにも電話して。でも、お姉さんの家、電話ない。会社だけ。いまお姉さん、会社休んでる。ベイビー生まれただから。だから、お姉さんの友だち、カルメンリリアにわたしが捕まったこと電話して。ほかの人はダメよ。わたしが日本に来ていること知らないから」
「分かった。ところでエバ、荷物はどこにあるの。マレータ(トランク)は」
「だいじょうぶ。カムバック」
「どこにあったの」
「わたし、東京へ帰るとこだった。それで宅急便でカムバック」
エバはどこへ行く予定だったのかは口を濁した。だが、彼女がM市へ来るところではなく、M市から東京へ戻るときに捕まったということは分かった。詳しい状況を聞きたかったが、係官が話の内容をメモしているので、聞くことはできない。
「エバ、俺のほかに誰か来たのか」
「ノー。誰も来ない。あなたとあなたの友だちだけ」
少しホッとした。誰かすでに来ているのなら、わたしは今回で来るのを止めようと思っていたのだ。
「リュージ。あと、もうひとつお願いがある。わたし、お金、郵便局にいっぱいある。それ、コロンビアのお姉さんに送って。わたし持ってると、コロンビアに帰るときに危ない。イミグレーション、泥棒する」
「えっ、でも、そんなことできるのか」
「『宅下げ』という手続きを取ればできます」
エバの隣りに座っていた係官が言った。だが、肉親でもない第三者であるわたしができるのだろうか。たしかに以前、エバといっしょに銀行に行き、彼女の送金を手伝ったことはある。だが、金が絡むとトラブルが多い。本音を言えば、面倒なことに巻き込まれるのはご免だった。
「分かった。ちょっと聞いてみるよ」
係官が「時間です」と無機質な声で言った。十五分くらい経過していた。
「じゃ、明日の朝、また来るから」
「待ってる。リュージ、ありがとう」
エバは透明なアクリル板の真ん中に手を当てた。そこには声が伝わるように穴が空けてある。わたしもそこに自分の手を当てた。もちろん、彼女と直接に手を触れることはできない。だが、彼女の気持ちは充分伝わった。
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