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あるコロンビア売春婦と一年間恋人関係にあった私は、不法滞在で強制送還された彼女を追いかけてコロンビア本国に渡って彼女の家を訪ねた。そこで見たものは…
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 カニャンドンガを出て大久保通りに向かおうとしたら、一台のタクシーが進入してきた。こんな細い道に入って来るなんて珍しいこともあるものだ。ひょっとして職安通りに出る裏道として通ろうとしたのか。

  すると、クリスがすかさず手を挙げてタクシーを停めた。大久保から歌舞伎町まで行くのにタクシーに乗るなんて、日本人なら考えもしないだろうが、彼女たちには地理的感覚はない。とにかくこんな所で歩くのは「仕事」でもないかぎり嫌なのだ。

 「歌舞伎町」と言うと乗車拒否をされるかと思ったが、案外すんなりと乗せてくれた。色気ムンムンの外人女三人が乗って、運転手は意外に上機嫌だ。夜中で空車や無線予約のタクシーがいっぱいで、なかなか進めず、ワンメーターで行けると思ったら千五十円もかかってしまった。

 ラテンブラザースに着いたときは、午前二時半ぐらいだった。店内はほぼ満員で、かろうじて座るテーブルを見つけて座った。クリスが店員を呼び、今度はウイスキーを注文した。何で割るかと聞くので、コーラと言った。普通なら水割りで飲むが、今日は車だからあまり飲めない。コーラを注文しておけば、コーラだけでも飲むことができるのでコーラにしたのだ。

 店員はウイスキーが半分くらい入ったボトルを持ってきた。クリスが常連で、ボトルをキープしているのかと思ったが、そうではなく、こういう店では一本飲み切れない人の為にハーフボトルで売るシステムがあるのだ。

  この歌舞伎町でスナックや立ちん坊をしている女ならともかく、全国各地を転々としているストリップ嬢たちは、今度いつ来られるか分からない。ボトルをキープしたって無駄になるかもしれないから嫌がるし、店のほうだって、いつ来るか分からない客の為にボトルを保管しておくスペースはない。双方にとって都合のよいシステムなのだ。ちなみに、ボトルはジョニ赤が一般的だ。

 三人の中で一番積極的なのは、わたしに声をかけてきたクリスだ。水割りとコーラ割りを作って、四人で「サルー(乾杯!)」とやるや否や、踊ろうと言い出した。サルサはちょっと難しそうなので敬遠して、ノリのいい、テンポの早いメレンゲがかかった時に応じた。三人ともわたしが何とか踊れるのでびっくりしていた。

  女をくるくる回したりするのは難しいが、抱き合ってリズムにのせてステップを踏むぐらいならなんとかできた。

 実はこのラテンブラザースには、四~五回来ていた。最初はコロンビア人ホステスばかりいるスナックのママや女の子たちと、店が終わってから来て、踊りを教えてもらった。それ以来、ちょくちょく来ていたのだ。

  ふと見ると、二日前に来たときにいた二人の女が今日もいた。その時は、知り合いのお笑いタレントたちと来たのだが、帰るときにその女の子たちに声を掛けられた。いっしょに踊ろうと声をかけた時は断ったくせに何だと思って聞くと、残ったボトルをプレゼントしてくれないかという。

  ほんの三十分ほどしかいなかったので、ボトルはほとんど残っていた。彼女たちは、そこに目を付けたらしい。ボーイに特別にキープしてくれるよう頼んでおいたのだが、しょうがない。プレゼントしてやることにしたのだ。

 その彼女たちがクリスたちと顔見知りらしく、話をしたりしているので、こちらも声をかけた。「二日前にボトルをプレゼントしてやったろう」と言うと、思い出したらしく、「この前はどうもありがとう」と言った。あまり、性格はよくなさそうだ。

  クリスに彼女たちの仕事も劇場かと聞くと、「そう」と言った。毎日のようにここに顔を出しているところをみると、今週はおおかた新宿の劇場に出ているのではないか。

 ふとカウンターのほうを見ると、また知った顔がいた。ほんの数カ月前に日本に戻ってきたペギーだ。そのときは新宿で見た。彼女は大柄で少し色が黒いメスティーソらしいが、サービスはいい。彼女がいた四~五年前に六~七回相手をしたことがある。

  わたしの顔を見つけると、彼女から声をかけてきた。「しばらく。元気?」。この「元気」という日本語は、コロンビアーナが覚える最初の日本語なのではないか。もしくは、最も多く使う日本語だろう。

  例えば、プライベートルームに入って、彼女たちが最初に言うのがこの「元気?」という日本語だ。別に風邪を引いているとか、病気かを尋ねているのではない。チンポコが元気かを聞いているのだ。男のチンポコが元気がないと、立たせるのに時間がかかるし、いかせるのに時間がかかって仕事にならない。それで元気かを尋ねるのが口癖になっているのだ。

 


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 N市を出て、新宿に向かうルートをとった。「あなた、仕事なに?」とクリスが聞くので、正直にライターだと答えた。「おお、頭いいね」とクリスが言った。コロンビアでも、ライターはインテリの部類に入るらしい。

  でも、これほど危険な職業もないらしく、前に短期間付き合ったニコルの友だちにペリオディスタ(記者)だといったら、「危ないね」と言った。麻薬撲滅の先頭に立っているジャーナリストなど、すぐにマフィアのターゲットにされて殺されてしまうかららしい。

 彼女たちの好きそうな、ノリのいいメレンゲをカーステレオでかけながら、「新宿のどこにいく?」とクリスに聞いた。メレンゲというのは、サルサよりもリズムの早い、コロンビアーナたちの大好きなダンスミュージックだ。ラテン系ディスコでは必ずかかっている。

  やはり、「ディスコ」と言う。「ディスコどこ?」と、さらに聞くと、「エルソン・ラティーノ」と言った。

 反射的に「だめ。あそこ俺、嫌いだから行きたくない」とわたしは言った。十日ほど前、この店に行って、釣り銭を誤魔化され、店とケンカをしたのだ。

  夜中に日本人の友だちと二人で入り、ビールを二本頼んだ。代金は二千円なのだが、細かい金が無かったので、一万円札を出した。しかし、いつまで経ってもお釣りを持ってこない。

  業をにやして、お釣りを請求したのだが、ラティーノの店員は「お前の出したのは千円札だ」という。もし、本当に千円札だと思っていたのなら、すぐに足らないといって請求されるはずだ。しかし、十分以上経っても請求されなかった。

  一万円札を渡したときに、店員がニヤッと笑ったのを覚えている。確かに、店の中は薄暗いので札は見えにくいが、財布から金を出すとき、ちゃんと残りの金をチェックしている。それが分からないほど、酔っぱらってはいなかった。

 店員と押し問答していたら、ついにボスが出てきた。こいつは、いかにもコロンビアマフィアみたいな悪相をした男だ。店員より日本語が達者なので、お釣りを持ってこないと文句を言ったが、売上金を持ってきて「この一万円札は、前の客が出したものだ。今日は客が少なくて、一万円札を出したのはその客だけだから、お前の出したという一万円札はない」と言う。

  そんなことを言っても、このボスが売上金を全部持ってきたという保証はどこにもない。仮にそうだとしても、ボーイがポケットに一万円札をねじ込んでいれば、売上金の中に入っているはずがない。だが、日本語のうまくできない男たちを相手に、これ以上押し問答を繰り返しても、埒があかない。こっちの身が危ないだけだ。友だちに「出よう」と言って、店を出た。

 新宿には、この店を含めて、この当時でラテン系ディスコが三軒あった。一番の老舗が、九十三年の春にできたという新大久保駅近くのカンニャドンガ。そして、同じく九十三年の夏、カンニャドンガの盛況振りに追随してオープンしたという、このエルソン・ラティーノ。

  三つめが、九十四年の春にできたラテンブラザースである。一時期、カンニャドンガに比べて広くてきれいという評判で、エルソンラティーノが大盛況だったが、ラテンブラザースができてからは、物珍しさもあってか、人気はラテンブラザースに流れていた。平日でも十二時過ぎれば満席、土曜日は身動きできないほどだったのに、平日など数人の客しかいないという寂れようだったのだ。

 クリスに以上の事情をかいつまんで話すと、ある程度理解したようで「いつも、あそこそう」と言った。何度もそういうケースがあるらしい。そこで、比較的人の好い店員のいるラテンブラザースはどうかと言うと、「あそこは食べるものがない。わたしたち、おなかがすいている」と言う。

  いつもラテンブラザースには腹ごしらえしてから行くから、食べ物のことなど考えたことも無かったが、確かにあそこで食事をしている人間を見たことがない。聞けば、もともとクラブだったところだから、キッチンが小さくてまともな食事が作れないらしい。

 クリスがスペイン語で他の二人と話し合った結果、初めにカニャンドンガに行って食事をし、あとでラテンブラザースに行こうということになった。

 明治通りから大久保通りへ入り、少し進むと右側にコイン式のパーキングがあった。確か、これ以上行くとパーキングはない。路上駐車するのはヤバイので避けたい。三人に、「ここのパーキングに入れて、あとは歩く」と言った。

 ここから少し、大久保駅の方向へ歩くと、通りの南側にタイやコロンビアの立ちんぼがいるエリアになる。「怖い」と言って、クリスが右腕に寄り添ってきた。それを見て、エバも左腕にしがみついてきた。

  立ちんぼのエリアだから、いつ一斉の取締りがあるか分からない。彼女たちは、仕事でここにいるわけではないので、巻き添えで捕まってしまうのはたまらない。恋人同士に見えれば、多少は目こぼししてもらえるのではないかという、浅はかな知恵なのだ。両手に花、と言いたいところだが、こんなところではカッコ悪いだけだ。

 おとなしいジェニファーは、わたしたちの後ろについて歩いてくる。コロンビアの女三人も引き連れて、こんなところをウロウロしているのを、他人は何と思うだろうかと考えながら、新大久保駅の先のカニャンドンガに向かった。

 新大久保の駅の小道を入り、三十メートルぐらい行ったところの左側地下にカニャンドンガはあった。当時、この店はコカインの密売をやっているらしいという評判で、実際にトイレに白い粉が落ちていたこともあった。

  警戒しているのか、いつも店の入口のところに男が立っていた。NHKのニュース番組でコカイン密売の特集をやっていたが、その中の映像に、この店の外観が映っていた。店の向かいのマンションに警察が張り込んでいて、客の出入りをチェックしているのを、NHKが同行取材していたのだ。

 カニャンドンガに入るとき、向かいのマンションを指して、彼女たちにテレビであそこからポリスが見ているのをテレビでやっていたと説明すると、クリスが「知ってる」と言った。けっこう知られているのか。エバは怖いのか、胸で十字架を切って「神様」と言った。

 カニャンドンガに入ったのは、ちょうど一時過ぎになっていた。しかし、客は誰もいなくて音楽もかけていなかった。水曜の夜とはいうものの、この寂れようはなんだ。ここは老舗の店なのに、すっかり客を新興のエルソン・ラティーノとラテンブラザースに奪われているようだ。

  だいたい、店の場所が悪い。もともと、立ちんぼのコロンビアーナたちを対象としてオープンしたのだろうが、これだけライバル店が出てくると、コロンビアーナたちも食事やプライベートで踊りたいときは、なるべく身の危険が少ない歌舞伎町のほうの店に行きたくなるのが人情というものだ。

 とりあえず、わたしはビールを頼み、あとは彼女たちの注文に任せた。肉料理とソパ(スープ)、そしてトロピカルドリンクを頼んだらしく、飲み物のあと、次々と料理が出てくる。スープはミネストローネ風で、中にジャガイモなどの小さい野菜が入っていて、なかなかいける。肉は豚カツ風だ。こちらも、けっこう美味い。ナイフとフォークで切ったのを、クリスとエバがときどき、わたしの口に入れてくれる。「美味しい?」と聞くので、もちろん「美味しい」と答えると、彼女たちも上機嫌だ。

 ひととおり平らげたら、彼女たちはすぐにラテンブザースに行くという。三十分も経っていない。客は、あとから一組入ってきただけだ。こんな客の入りの悪さでは、ここで踊る気にはならないだろう。やはり、踊りというものは、ある程度店の熱気というものがないと、その気にならないからだ。

 料金を払う段になって、クリスが割り勘にしようというので、ここは自分が持つから、あとの店を君たちで出してくれと言った。ラテンブラザースも安いが、長居をすれば四人もいるとどのくらい金がかかるか分からない。先に、こっちの勘定をもっておいたほうがいいのではという計算もあった。以前付き合いのあったテレサという女のわがままに振り回された経験があるからだ。


 しばらく待っていると、女が二人出てきた。クリスかなと思ったら違う。こちらの車を通り過ぎ、イラン人たちの車に乗りこみ、走り出した。女が二人に男が三人。人数が釣り合わない。乱交でもするつもりだろうか。そうでなければ、女の奪い合いで、友だち同士でケンカになるかもしれないのに。

 次に、クラウディアらしき女が一人で出てきた。劇場の向かいの駐車場に、知らないうちにバイクの男が待っていて、それに乗ってヘルメットも被らずに走り去った。男の顔はよく見えなかったが、こちらもイラン人かもしれない。恋人と別れて落ち込んでいたはずのクラウディアも、しっかりデートはやっているらしい。

 もう一人のイラン人は、相変わらず車から出たり入ったり、チョロチョロしている。なかなか出てこないのに焦れたのか、コンビニの前にある公衆電話で電話をかけた。たぶん、楽屋にかけたのではないか。

 十二時近くになって、女が四人ほど出てきた。道路の反対側を通って、まっすぐ四人はイラン人の所へ行った。その中に、クリスがいた。なんだ、こっちに頼んでおきながら、イラン人にも話をつけていたのか、腹が立つ奴だなと思った。

  窓を開け、腕でバツを作り、「帰るよ」と言うと、クリスが気づいて寄ってきた。「新宿へ乗せてって」と言う。「なんだ、クリスはあのイラン人とは深い関係ではなくて、別々に分かれて行くんだな」と思ったら、残った三人のほうに何やらスペイン語で声をかけた。すると、イラン人をほっておいて三人ともこっちへ来てしまった。あれ、あれ、あのイラン人は何だったのだろうか。

「一人はN市のママの所に行くから、N市経由で新宿まで乗せていって」とクリスが言う。かなり遠回りになるが、こうなったらしょうがない。「あのイラン人、誰かの恋人じゃないのか。どうするんだ」と聞くと、「イラン人、危ない。話だけ」とクリス。「ふーん、あれだけ待たされて、何十秒か話しただけ。かわいそーに」と思ったが、イラン人といっしょだと、何かと危険が多い。

  イラン人の運転する車に乗っていて、検問を受けたら全員パクられてしまうだろう。最初はイラン人の運転する車で新宿まで行くつもりだったのかもしれないが、クリスがわたしに声をかけてキープしておいたので、安全なこっちに乗り換えたのだろう。

 ともかくも、あまり劇場の近くに長居したくはないので、車をスタートさせた。助手席には、わたしに声をかけたクラウディアが座り、後部座席にほかの三人が座った。N市で降りるという女の名前は忘れてしまったが、あとの二人がエバとジェニファーだった。クリスを含めて、エバ以外は初めて見る顔だった。四人の中で、一番日本語が分かるのはクリスだ。実はクリス、本当の芸名はクラウディアというらしい。同じ劇場にクラウディア同じ芸名の女が来てしまって、ややこしいので彼女を一時的にクリスと名付けたのだという。

 N市には少し迷ったが、二十分ぐらいで無事着いた。外人を乗せていると、つい運転が慎重になる。スピード違反で取り締まられたりしたら、いっしょに乗っている彼女たちも、ついでに職務質問されはしないかという不安があるからだ。もちろん、事故なんかとんでもない。仕事に穴をあけさせたら、劇場の連中が黙っていないだろう。

 一人のコロンビアーナをN市駅の東口から数百メートルの所で降ろした。母親が日本に来ているという話はよく聞いた。半分ぐらいのコロンビアーナは、子持ちだ。たいてい、男が働かないから離婚して、子供は母親に面倒を見てもらいながら自分が働いて子供を育てている。

  日本に来るのは、向こうでろくな仕事がなく、日本に来れば短期間で家が一軒楽に買えるぐらい稼げるという話を人伝に聞いているからだ。そして、借金も返し終わり、ある程度金がたまると母親や子供を呼ぶ。それまでに、一年はかかっている。

  子供の顔はどうしても見たい。でも、いったん帰ると入管がうるさくて、いつ日本に戻って来れるか分からない。最低、二年は日本で稼がないと、家を買い、店を持つなどの自分の夢を実現することができない。彼女の場合も、短期間か長期間か分からないが、少しお金に余裕ができたので、観光旅行がてら日本に母親たちを呼んだのではないか。

 


 ここA市の劇場は、外人専門のストリップ劇場としてその筋には知られていた。常時十人前後の外人嬢が出演し、舞台では本番ショーとタッチショーを繰り返し、全員が個室サービスを行うのだ。個室の料金は五千円。駅からだいぶ遠い所にあり、内容も過激なため新聞広告も出していない。口コミだけに頼っており、普段の日はほとんど常連客ばかりの劇場だ。足の便が悪いので、車がないと、本当に行きずらいところだ。

 仕事が終わって、車を走らせ、劇場に辿り着いたのは九時すぎだった。劇場の中に入るとラストの回がもう始まっており、トップの女の子が踊っていた。それがエバだった。彼女の顔は、以前にも見たことがあった。

  だが、彼女とは一回も相手をしたことがなかった。確かにグラマー。肉感的でいいのだが、こちらが劇場に行くときは、目当ての子が出ているときだ。その子の相手をしてからだと、体力的にも金銭的にもつらい。だから、いつかやりたいなとは思っていても、一度も彼女を指名したことはなかった。

  その日も、入っていきなり彼女を見て、指名したいなとは思ったのだが、いかんせん今日はクラウディア目当てで来ている。受付に戻り、クラウディアを指名して個室の順番を待った。

 ここは、多くの個室サービスを行っている劇場とは違い、女の子のポラロイドが受付に張ってあり、舞台の直後ではなく、いつでも指名を受け付けるシステムになっている。幸い、クラウディアはすぐにやってきた。

  十日近く経っていたのだが、わたしの顔は覚えていて「ゲンキ?」と、挨拶してきた。しかし、そこまでだった。タッチしようとすると、またチップを要求してきた。しょうがなく、また二千円やった。合体しても、前回と同じで反応は鈍い。早く終わってくれという感じがありありと分かる。

  失敗だった。知り合いが、「クラウディアは性格が悪い」と言っていたのを、つくづく本当だと思った。

 席に戻り、ステージをしばらく見ていた。遅く来たため、もう一回チャレンジする体力も時間もない。そうしているうちに、ラストから三番目のクリスという女が登場してきた。細身で、踊りもけっこう上手い。

  彼女を見た途端、もう一回チャレンジしてみようという気が起きたが、もうすでに個室の受付が終わっている時間だ。「今週は忙しくてもう来れないだろう。来週どこに行くかだけでも聞いておこう、近くだったらそこへ行けばいい」と考えて、最後のオープンショーのときに近寄ってきた彼女に聞いてみた。答えは「まだ、わからなーい」だった。しまった。まだ八日目だった。劇場の仕事は十日ごと、一の付く日に移動する。

 日本人の踊り子の場合、新聞広告などをうつ関係からか、一週間以上前から次のスケジュールが切られていることが多いが、外人の場合、チェンジの前日か、前々日しかプロモーターから連絡が来ない。この日は三日前だったので、まだ連絡が来ていなかったのだ。

 ところが彼女、突然こちらにまた寄ってきて、「あなた、今日車で来ているの?」と聞く。「そうだ」と言うと、「新宿まで乗せていって」と言う。新宿は、どうせ帰る方向だ。たぶん、ディスコへ行くつもりなのだろう。

  断る格別の理由もないので「オーケー」と言うと、外で待っててと言う。普通なら、何時何分にどこそこでと細かく決めるのだが(といっても、時間はほとんど守られたためしがないのだが)、なにぶんステージの前なので詳しく話す余裕はない。それだけ言い置いて、彼女は引っ込んでしまった。

  時間がないから、もう彼女は個室サービスはしないだろう。すると、シャワーを浴びて着替えをして、最短だと十五分くらいで出てくるかもしれない。お人好しにも、人に待たされても人を待たせるのは大嫌いな性格なので、すぐに劇場の外に出て待つことにした。

 しかし、どこで待ち合わせるとも、何時とも約束していない。しょうがないので、人の出入りの分かる、斜め前のコンビニの前に車を横付けして待つことにした。少し先に一台の車が停まっていて、イラン人が三人ほど乗って待っている。その斜め前には、もう一台の車。こちらは一人のイラン人らしき男がウロチョロしている。こいつらは、彼女たちと約束しているのか。それとも、出てくるのを待ち受けて、これから話をつけようとしているのか。

 


  エバと出会ったのは、その二年ほど前。偶然だった。

 その日、車で出掛けていたのだが、仕事が早く終わったため、A市の劇場に行くことにした。その前の週に友人に誘われてW市の劇場に出かけた。そこに出ていたクラウディアが、翌週はAの劇場に行くと言っていたからである。

  このクラウディアは、少々足は短いが、美人だし、バストも尖っていて性欲をそそる女だ。W劇場の個室で初めて相手をしたときは、初対面だったせいかチップを要求してきた。チップを二千円ほど渡さないと、胸や尻などを触らせないのである。

  本来、チップというのはサービスが良かったら、心付けとして後から渡すものである。個室の中にも、「チップを要求されても渡さないで下さい。要求されたら、知らせてください」と、張り紙がしてある。悪質な女を締め出すためだが、ある程度は、トラブルにならないかぎり黙認されているのだろう。

 なにせ、こういう個室サービスは、料金はその劇場によって三千円から八千円まで違いはあるが、彼女たち外人嬢の取り分は一律一人千円なのである。いかにも、安い。もちろん、個室でするのはタッチやフィンガーサービスではない。本番行為である。

  個室には「本番行為はしないでください」などとも書いてあるが、これも誰も本気にしていない。警察に踏み込まれたときの言い訳に書いてあるにすぎないからだ。万一、本番を劇場側が禁止したとしても、外人嬢は多額のチップを要求して隠れてやるだろう。

 だから、彼女たちが千円、二千円のチップを要求してくるのは、ある意味ではしかたない。一人千円の取り分では、いくら物価の安いコロンビア出身でも、バカらしくてやってられない気にもなるのだろう。

  チップをやらないと、女によっては当方の局部を取り出し、濡れティッシュで拭いて、手でしごくだけというのがいる。こちらも感情のある人間だ。よほど溜まっているのでもないかぎり、反応はしない。しかたなく、胸や尻を触ろうとすると「ノー、タッチ。タッチするならプレゼント。」と言ってくる。しょうがないから、二千円ほどやって胸を触らせてもらって、息子をなんとか使用に耐えるようにして行為に及ぶのである。

 クラウディアはこの典型的なタイプで、胸を触ろうとすると、すぐにチップを要求してきた。定石どおり二千円をやって、ことに及んだのだが、反応が鈍い。気を入れていないのだ。

  気を入れているかいないかは、すぐに分かる。最初のころは感じている振りをするのだが、時間が経つにつれて、早くフィニッシュしてくれと言うからだ。逆に、最初は投げやりにしていても、体が反応してしまい、途中からむしゃぶりついてくるのもいる。キスも何もかもオーケー、やり放題だ。

  むろん、初対面でこうなるケースは稀だ。一回目の反応を見て、良さそうだったらこちらの顔を忘れられないうちにまた行って相手をする。そうすると、体の相性のいい女はビンビン反応してくる。終わったあと、食事にでも誘うと二回に一回の割で乗ってくる。そうしたら、あとはこちらの腕次第で、ステディな関係に持ち込めるのだ。

 しかし、クラウディアの場合は違った。はっきりいって、最低だ。後味が悪かった。だから、何も言わずに部屋を出た。友人は先に帰った。

 わたしはしばらくステージを見ていて、最後の出演者である外人二人の顔を確認してから外に出た。最後の二人も、タマが悪い。はっきりいって、歳をくっている。三十を越えているかもしれない。外見からいえば、クラウディアが一番ましだった。

 駅の方に歩いていくと、電話ボックスがあった。仕事の電話をしなければいけないことを思い出し、かけているとクラウディアが電話をかけにきた。何の気なしに「やあ」と声をかけてみた。向こうも「オラ」(ヤア)と返してきた。

  電話が繋がらないらしく、彼女はすぐに電話を切った。こちらも用件が終わっていたので、挨拶代わりに「ごはん食べに行かないか」と誘ってみた。別に、本気で誘ったわけではない。

  しかし、意外にも「オーケー」と言う。「でも、友だちがいる。彼女も呼んでいいか」と言うので、「オーケー」と言った。こちらはもう、出すものは出している。べつにこれから一戦を交えるわけではないから、二人でも三人でも大して変わりがない。食事をして、話を聞ければいいやという考えでいた。

  彼女は、もう一回電話をした。友だちに電話をしたのだろう。すぐにもう一人来るから待っててくれと言う。

 しばらく待っていたのだが、なかなか来ない。こちらとしては、執着しているわけではないので帰ろうかなと思ってきたころ、彼女のほうから「もう行こう。先に行って待ってればいい」と言い出した。そして「車はある?」と聞いた。

  この日はたまたま車ではなかった。「今日は車で来ていない」と言うと、仕方ないという感じで歩き出した。ちょっと離れた所にあるファミリーレストランに行くことになった。

 だが、クラウディアとはなぜか会話が弾まない。暗いのだ。理由はある程度察しがついた。彼女とは初めて相手したのだが、彼女のことは知り合いから聞いて知っていた。彼女は最近、恋人と別れたのだという。しかし、彼女のほうはまだ未練があるらしく、ときどき元恋人の自宅に無言電話をかけているらしい。

  食事をしながら話しているときも、「まえ、恋人いた。でも、いまセパレート」と言った。話が符合する。精神的にダメージがあるのだろう。意外と純なところがあるのかもしれない。

「次の週は、仕事どこ」と聞くと「A劇場」と言う。あまり会話も弾まないまま、彼女を劇場近くにあるというアパートの前まで送り、そのまま電車で帰った。そんな経緯があり、もしかしたら二回目ともなれば、多少はサービスが良くなるかもしれないという、勝手な淡い期待もあってA市の劇場を訪れたのだ。


プロフィール
HN:
出町柳次
性別:
男性
職業:
フリーライター
趣味:
ネットでナンパ
自己紹介:
フリーライター。国際版SNS30サイト以上登録してネットナンパで国連加盟国193カ国の女性を生涯かけて制覇することをライフワークにしている50代の中年。現在、日刊スポーツにコラム連載中(毎週土曜日)。
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