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クリニックの入ったオフィスビルを出たところで、わたしはもう少し両替しておかなければと思った。サンアグスティンは田舎町だ。両替所や銀行がないかもしれない。クレジットカードだって使えないかもしれない。昨日両替したばかりだが、何百ドルか、さらに両替しておくほうがいいだろうと思ったのだ。
エバにそう言うと、「あなた、両替する。する」と、しきりに勧める。本当は、両替すればするほどエバに「あれ買って。これ買って」とたかられそうなので、最低限の現金しか持ちたくないのだが、やっぱり初めての土地なので、余裕を持っておきたかった。
見まわすと、大通りを挟んだ真向かいに小さなショッピングセンターのようなものがあり、その二階にキャッシュディスペンサーが見えた。そこに行ってみると、クレジットカードでもキャッシング出来るらしく、わたしの持っているビザやマスターカードのマークもあった。
さっそくビザが使えるセゾンカードを機械に入れてみた。スペイン語と英語の表示があったので、英語表示を選択し、指示どおりに暗証番号を入れたのだが、「エラー」が出てしまう。おかしいなと思って、マスターカードでやってみたのだが、今度も「エラー」が出た。
エバに、「どうなってんだ」と聞くと、「間違ってない」と言う。彼女は近くにいた係員らしき男に声をかけて、説明を受けた。やはり、やり方は間違っていないらしい。もう一度、やってみたが、暗証番号を入力するときに、エバは「男に見えないようにして」と言った。わたしも「カードを預かる」なんて言われたら困るので、気を悪くしないかと思いながらも、背中で暗証番号を隠して入力した。
だが、やっぱり「エラー」が出てしまう。男は、「この機械、壊れている」と言って去っていった。銀行の窓口などでは、カードでも金をキャッシング出来る。以前、オーストラリアでやったことがあった。その際、窓口の銀行員がカードの番号を電話で信用調査機関に電話して、盗難届けや自己破産などで使用停止になっていないか確認を取っていた。だが、コロンビアのキャッシングの機械は日本とオンライン化していないので使えないのだろうか。
仕方なく外に出ると、エバはさかんに「お金、チェンジしないとダメ」と言う。
「でも、もう四時過ぎてるよ。バンコ(銀行)、クローズしてるだろ」
「わたし、聞く」
初日に行ったショッピングセンターのヤミ両替屋のように、クレジットカードを扱っている店なら、カードでキャッシングしてくれるかもしれないと思った。東南アジアでは、華僑が経営している宝石屋などでよくやっているのだ。
エバは何人かに聞いて、近くにある旅行代理店がキャッシングしてくれると聞き出してきた。半分は自分のものになるとでも思っているのか、エバは必死だ。
翌金曜日の朝は、いつものようにトーストと卵焼きの朝食で済ませた。昼過ぎに、エバが整形外科に予約してあるので一緒に行かないかと言い出した。整形の話は以前から何度か言っていたが、まさか本気でするつもりだとは思わなかったが、興味もあったので、言われたとおり付いていくことにした。たぶん、治療代もわたしに払わせるつもりなのだろう。
といっても、明日から旅行に行く予定なので、今日手術をするつもりなのではあるまい。カウンセリングというか、手術代や手術日の打ち合わせをするつもりなのではないかと思った。
タクシーを拾って、病院へ向かった。途中、エバはタクシーの運転手の男となにやら話し出した。話の内容は、整形手術のことらしい。しばらくして、エバは運転手の男に自分の家の電話番号を書いて渡した。何を話していたのか詳しく聞くと、運転手の知り合いに、いい整形外科医がいると言うので、連絡先をあとから教えてもらうのだと言った。
危ないと言われるコロンビアで、タクシーに乗り合わせただけで、まったく見知らぬ男に自分の家の電話番号を簡単に教えてしまう神経も分からなかったが、自分が整形するということを、平気でペラペラ話す神経も理解できなかった。韓国女性も整形に対する羞恥心がないと言われるが、コロンビアでも整形というのは恥ずかしいことではないのだろうか。文化の違いとはいえ、妙な気持ちがした。
三十分ほど走って、車はあるオフィスビルの前に止まった。どうやらオフィスビルが立ち並んでいる様子と、車の走った方向から推測すると、セントロの一角らしい。エバと一緒にエレベーターに乗り、そのビルのワンフロアーを占めている整形クリニックに入った。
エバは受付の女性となにやら話し始めた。どうも長引きそうなので、すぐ脇にある待合室のソファに座って、話が終わるのを待つことにした。しかし、待合室にいるのは、みんな妙齢の女性ばかりで男はわたし一人。しかも東洋人ということで、みんなからジロジロ見られて居心地が悪いったらなかった。
待合室を見まわしていると、「シュルジー」と書いた文字が目に入った。それで、わたしは初めて「シュルジー」が英語なのだと分かった。エバは日本にいるときから、ろ「シュルジー」「シュルジー」と整形手術のことを言っていた。それをわたしは「しゅじゅつ」という日本語がちゃんと言えないからだとばかり思っていたのだ。
しばらくすると、エバがわたしのほうに寄ってきて、「時間かかる。今日はキャンセル」と言った。確かに、待合室にいる女性たちの数からいって、入ってきた順だとすれば何時間もかかりそうだ。だが、エバはそのために「予約」してきたのではなかったのか。それとも「予約」がオーバーブッキングしていて何時間も待たされるのか。だったら、予約なんてあってもなくても同じようなもんだ。
エバは次にいつ予約を入れたのかは言わなかった。おそらく、わたしが帰ったあとに一人で行くつもりだろう。それとも、タクシーの運転手に紹介されたクリニックに行ってみるのだろうか。どっちにしても、彼女の整形に反対なわたしには、どうでもいいことだった。
二人分の切符と定番のポップコーンとコーラを買って、中に入った。入場料は正確には忘れてしまったが、日本円で一人数百円くらいだった。観客は、木曜日の夜のためか、それとも話題作ではないためか、二十人ほどいるだけだった。こんなに少ないと、逆に不良にホールドアップされないとも限らない。心配になって、エバに「危なくないか」と聞くと、「だいじょうぶ」と答えた。見まわした限りではアベックが多く、心配したほどではなさそうだった。
だが、映画の中身がさっぱり分からない。アクション映画ならなんとかなると思ったが、この映画は心理サスペンスだった。それぐらいしか分からない。英語の字幕ならともかく、吹き替えなので、わたしのスペイン語能力では理解不可能だった。
それでも十五分くらいはポップコーンを齧りながら、なんとか理解しようと頑張ったが、途中で猛烈な睡魔が襲ってきて、わたしはコクリコクリと居眠りしてしまった。二十分ほど経っただろうか。自分のいびきに気づいて目が覚めると、となりのエバも居眠りしていた。わたしが椅子を座りなおす音に気がついて、エバも目を覚ました。
「帰る」とエバが言った。コロンビア人の彼女にも退屈なほどの凡作だったのだろう。帰ると彼女が言うので、正直ほっとした。半分以上も残っているポップコーンをどうしようかと思案していたら、エバは「持っていく」と言うので、手に持ったまま映画館を出た。
映画館の前でタクシーを拾い、エバのアパートにまっすぐ戻った。途中、エバがある古い建物を指差し、「あれ、テアトル。オペラの」と言った。といっても、大きなものではない。通り過ぎにチラッと見た限りでは、ミニシアターといった感じだった。ボゴタには十九世紀のころからの劇場がいくつかあるとガイドブックには書いてあった。そのうちの一つなのだろう。
「あれ、見たい」
「今度ね。わたし、今日、疲れた」
わたしもまだ時差ぼけが完全に直らず、全身がだるい。あえて今晩無理して行く必要もなかった。
部屋に戻ってから、二人とも早々に寝た。この夜もわたしはソファベッドで寝た。もちろん、セックスはしなかった。
しばらく部屋で休憩していると、エバが「シネ(映画)を見に行こう」と言い出した。エバは映画が昔から大好きだった。日本にいるときも、何度か彼女が休みのときに見に行ったことがあった。一度はエバの姉、サリーと三人で横浜に遊びに行ったとき、「映画が見たい」と二人が騒ぎ出し、横浜駅近くで「スピード」を見た。英語も日本語も満足に出来ない彼女たちだが、アクション映画なのでときどき解説してやるだけで理解できたらしく、二人とも大感激していた。
渋谷の金髪パーティルームの仕事をしていたときも、深夜に街を歩いているとロードショーの看板を見つけ、「見たい」と言い出したことがあった。土曜日の深夜だったので、まごまごしているとホテルが満室になってしまうのと、開始時間が中途半端だったので、なんとか説得して諦めさせたが、「寝る時間がなくなっても見たい」と言うのには閉口させられたものだった。
そんな映画好きの彼女だったので、スポンサーのわたしがいる間に見ておきたいと思ったのだろう。ここはコロンビアなのだから、見ても映画の内容が分かるはずもなかったが、一度コロンビアの映画館がどうなっているのかということには興味があった。アメリカ映画の場合、スペイン語の字幕を付けているのか、それとも吹き替えなのか。座席は日本より大きいのか、客の入りはどうなのかなど、諸々のことが知りたかったので、「オーケー」と言った。
タクシーで連れて行かれたのは、先日行ったのとは別のショッピングセンターだった。コロンビアでは映画館や専門店、ファーストフード店、スーパーなどが入っている巨大ショッピングセンターがけっこうあるらしい。
センターの一角にある映画館の前で、エバが「これ」と言った。看板を見ると、どうやらアメリカ映画らしい。しかし、日本では見たことも聞いたこともないタイトルだった。日本にはアメリカ映画の半分も上映されていない。あまり話題作ではないようだった。
アビアンカのオフィスに着いたころには、雨は上がっていた。夕立だったらしい。オフィスに入ると、エバはカウンターの女性となにやら話していた。いったん話しを打ち切って、わたしに言った。
「リュージ、サンアグスティンに行く飛行機ない」
「え、でも地図には飛行場が書いてあるよ」
「ある。でも、それチャーター便。四人ならできる」
「チャーター? 高いだろ」
ほかに相乗りしてくれる客がうまくいればいいが、二人で四人分の運賃を払う気にはなれなかった。
「それなら、ネイバまで飛行機で行って、あとはバスで行く」
「いいよ、それで。一人いくらなの」
「八万ペソ」
二人で十六万ペソだ。ネイバまでの飛行時間は約一時間。日本の国内線とあまり変わらない値段だ。だが、ボゴタからネイバまで庶民の足のバスで行くと六時間かかる。そこからサンアグスティンまで、またバスを乗り継いで行くと丸一日つぶれてしまう。時間に余裕のあるバックパッカーならともかく、帰国の便をフィックスしているわたしには飛行機を利用するしかなかった。
「オーケー。それで行こう」
サンアグスティン行きは、翌々日の土曜日にした。朝一番、午前六時発の便だった。
「サンアグスティンのあとでカリに行く。パルミラのお姉さんのところに行く」
「オーケー」
アビアンカではキャッシュで支払ったので、現金が心細くなった。エバに両替所を探してくれと言うと、「もう銀行しまっている。わたしがキャッシュカードでお金を引き出すから、あなた、ドルをちょうだい」と言った。
コロンビアでも銀行は早く閉まってしまうらしい。近くのキャッシュディスペンサーに行き、エバが「いくら欲しいの」と聞いた。
「二百ドル」
「この前、両替したときのレートは」
「百ドル、九万八千ペソ」
「それじゃ、これでいいね」
エバは二百ドルと引き換えに、きっちりレートどおり十九万六千ペソをわたしに渡した。金に細かいエバらしかった。それにしても、さすがにキャッシュディスペンサーだけはコロンビアでも普及しているようだ。
両替を終えると、いったんエバの部屋に戻った。
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