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あるコロンビア売春婦と一年間恋人関係にあった私は、不法滞在で強制送還された彼女を追いかけてコロンビア本国に渡って彼女の家を訪ねた。そこで見たものは…
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  エバは、とあるレコード店の前で立ち止まった。小さなCD屋だ。日本のコンビニの半分ほどの大きさだ。CDの在庫がたいしてあるとも思えない。まず、ミゲル・モリーの「FUNT A TU CORAZON」があるかどうか、男の店員に聞いてみた。すると、なんとあるという。「ラッキー」と思った。

  店員がショーケースからCDを取り出して、視聴させてくれた。もちろん、欲しかったミゲル・モリーの曲だった。「オーケー。これ、買う」と店員に言った。一万六千ペソだった。日本円で約千六百円。物価が約十分の一とすれば、日本の感覚で言えば一万六千円にも相当する。コロンビアではCDは、なかなか庶民には手が出せない贅沢品なのだろう。

  コロンビアのCDは、日本のようにビニールで包装されていない。おそらく、みんな視聴してじっくり確認してしか買わないから、包装などじゃまなのだろう。

  そういえば、大久保のラテンディスコでコロンビア直送の最新CDを店員が売っていた。わたしも何度か買ったことがあったが、ダンボールにぎっしり詰め込まれたCDも、やはり包装してなかった。どういう曲なのか分からないから、CDウォークマンを持っていって、いい曲かどうか確認してから買ったものである。

  エバがカロリーナの曲があるかどうか店員に聞いたが、こちらは「ない」と言われた。残念だが、この程度の大きさの店でたやすく入手できるとは思っていなかったので、しょうがないと思った。

  ほかに何かいいものがないかと店内のCDを見てまわった。日本のレコード店のように、CDがぎっしり詰め込まれておらず、一枚一枚が壁に展示されている。回転式のショーケースもあった。レコードの展示スペースもけっこうあった。まだまだCDの普及率が日本と比べると低いのかもしれない。

  カロリーナがなければ、気に入っている「FUENTES」というコロンビアのレーベルの「14CANONAZOS」というシリーズがないかと探した。このシリーズは、コロンビアで大ヒットしたサルサやメレンゲなどを集めて毎年出しているコンピレーションアルバムである。

  これはどのCDをとっても当たりはずれがない。わたしは№30から最新の№35まで持っていたので、それより古いものを探したが、あいにくこれもなかった。そこで、エバに「LA GOTA FRIA」という曲の原曲がないかどうか聞いてくれと頼んだ。

  これは、コロンビアの大スター歌手、カルロス・ビベスが世界的に大ヒットさせた曲で、コロンビアだけでも百五十万枚売れたというスゴイ曲だ。もともとコロンビアのコスタと呼ばれる海岸地帯で発達したバジェナートという、アコーディオンを使ったコロンビアの民謡に相当する音楽の名曲だったのだが、それをカルロス・ビベスが現代風にアレンジして大ヒットさせたのだ。

  もちろん、カルロス・ビベスのものは持っているから、オリジナルのバジェナートの原曲はどういうものなのか聴いてみたかったのだ。

  店員がニヤッと笑いながら一枚のCDを探し出し、音楽をかけた。ただの観光か商用できた日本人ではないなと思ったのかもしれない。かかったのは、なるほどバジェナートだった。だが、「LA GOTA FRIA」ではない。バジェナートが欲しいということだけが伝わったらしい。しかし、これはこれでいいCDだったので、「オーケー、買う」と店員に言った。

  二枚のCDを包んでもらい、店を出た。エバが「アパートの近くにチャイニーズのレストランがあるけど、そこで食べる?」と聞いてきた。時間はすでに夕方になっていた。さほどおなかはすいてなかったが、エバは料理が下手だ。また改めて食事に出かけるのも億劫に感じたので承知した。

 


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「あと、どうする?」

ビルを出たあと、エバが聞いてきた。

「日本に電話したい。仕事の話。あと、カルタヘナの片山さんにも連絡しとかないと」

「オーケー。テレコン行く」

  エバはタクシーを拾って、どこか行き先を告げた。十分ほどすると、「テレコン」と書かれた建物に着いた。電話局らしい。といっても、日本のNTTのように電話の契約や料金の支払いに来るところではなく、電話をかけるための施設だ。

  中に入ると、エバは受付の女性から番号札を受け取って、わたしに渡した。

「リュージ。この番号の電話で電話するの」

「インターナショナルもできるの?」

「だいじょうぶ」

  まずカルタヘナに電話したが、片山氏は不在だったので、奥さんのエレーナにエバの連絡先を教えておいた。次に東京の出版社の編集者に電話したが、まだゲラが出ていなかった。数日後にまた電話するといって電話を切った。

「どうやってお金払うの」とエバに聞くと、「あそこで払う」と窓口を指差した。窓口はガラスで仕切られていた。大金が集まるから強盗を防ぐ意味でもあるのだろうか。

  番号札を差し出すと、料金を書いたレシートを受付の女性が差し出した。一万五千ペソほどだった。

  テレコンには、並んで待つほどではないが、けっこう人で混み合っていた。コロンビアには電話がない家庭が多く、仮にあってもエバのように市外電話の契約をしていない者が多いから、こういう施設が必要なのだろう。

「あと、どこに行く」

「んー、そうだな。CDを買いたい。ミゲル・モリーの『FUNT A TU CORAZON』と、カロリーナの『Y SIENPRE』」

どちらも、よく東京のラテンディスコでかかっているメレンゲというジャンルの曲だが、一年以上探しても見つからなかった。コロンビアに行ったら、ぜひ買おうと思って入手できない曲のリストを持ってきていたのだ。

ところがエバは、ミゲル・モリーの曲はすぐ分かったが、カロリーナの曲はタイトルを言っても分からない様子だった。それで、「こういう曲だよ」と言ってメロディーを口ずさむと、「あー、分かった。オーケー」と言った。

「バス、乗る、オーケー?」

「オーケー」

  いつもタクシーばかりを利用していたのでは、金がもったいないし、そろそろ庶民の足であるバスを利用してみたいと思っていたところだった。

「どのバスに乗るの?  どこに行くか、どこで分かるの?」

「バスの前に書いてある」

  そんなこと言われても、バスの路線なんてさっぱり分からない。バス停でエバと一緒にバスを待っていると、何台かのバスが通り過ぎていった。たしかにバスの前面に行き先らしきものが書いてあった。料金も、バスによって違うらしく、四百ペソとか五百ペソとか書いてある。とにかくエバに任せることにした。

「あ、来た。これよ」

「いくら?」

「四百ペソ」

  庶民の足であるバスにしては少し高いな、と思った。東南アジアのバスなら日本円で十円未満で乗れるからである。

  千ペソ札を出そうかと思ったが、おつりがないとか理由をつけられて、おつりをちょろまかされそうな気がしたので、きっちり小銭で払った。バスは半分くらい席が埋まっている状態だった。大半はオバサンたちだったが、中には若いチンピラ風の男もいた。エバがついているので大丈夫だとは思ったが、いちゃもんでもつけられないかと少し緊張した。

  バスは大通りをノロノロと走った。四駅ほど通過したところでエバが「ここ」と言ったので、慌てて降りた。

  ちなみにボゴタには地下鉄はない。というか、コロンビア自体に「電車」というものがないのだ。かつてはあったらしいのだが、バスのほうが小回りが利くためか、消えていったようだ。(最近、メデジンに地下鉄ができたという話を聞いたが)。

  エバが日本にいたとき、「メトロ」(地下鉄)というスペイン語をわたしが使ったことがあった。だが、彼女はその「メトロ」という言葉が理解できない様子なのでビックリしたことがあった。もちろん、スペイン語の辞書にもちゃんと「メトロ=地下鉄」とある。しかし、コロンビアには地下鉄というものが存在しなかったから、彼女のボキャブラリーにはなかったのだ。いくらなんでも、テレビや新聞、雑誌などで外国の地下鉄くらい見かけるだろうにと不思議に思ったが、それだけ外国の情報に接することができないほど貧しかったのかもしれなかった。


しばらく歩くと、博物館らしき建物があった。「国立博物館」(ムセオ・ナシオナル)だった。

「ここ見る?」

  エバが聞いてきた。

「うん」

  博物館を見るというのは「お上りさん」みたいだが、とにかくコロンビアは初めてなのだから見ておいて損はない。エバも日本にいるとき、「美術館」に行きたいとよく言っていた。京都に連れて行くという約束は果たせなかったが、鎌倉に大仏を見に行ったときは感激していた。インテリぶって言ってるわけではなくて、本当に文化的なものが好きらしかった。

  チケットを二人分買って中に入ると、一階はインディオ文化の遺物が多く展示されていた。平日とあって、人は少ない。もちろんスペイン語で解説が書いてあるので詳しくは分からなかったが、コロンビアには日本の石器時代や縄文時代に相当する「プレインカ文化」ともいうべきものがあり、そののち黄金を多く用いたインディオ文化が栄えた。そしてスペイン人の侵略によって、現代のコロンビアにつながる文化が形成されていったらしいということは分かった。

「リュージ、あなた、フォト撮る」

「だめ。ここ、フォトだめって書いてある」

「だいじょうぶ。あなた、ツーリスト。関係ない」

  そんなことを言われても、あちこちに「撮影禁止」の張り紙がはってある。人が少ないから撮れないことはないが、持参したコニカミニではフラッシュを焚かないと撮れない。撮りたいのはやまやまだったが、よけいなトラブルを起こして警備員にたかられても困ると思って我慢した。

 


わたしとエバは、再びタクシーを拾い、観光案内所に向かった。タクシーはオフィス街のとあるビルの前で停まった。エバに促されてビルの中に入ると、一階の入り口にガードマンが立っていた。観光案内所の場所を聞くと、すぐ一階のすぐ目の前だという。 

ところがオフィスは昼休みで閉まっていた。時間を見ると一時だ。ラテンの国らしく、昼休みは二時までらしい。とにかく時間を潰すため、もう一回外に出た。

オフィス街なので、きちんとスーツにネクタイを締めたビジネスマンや、スカートをはいたOLたちが道を行き来している。日本に出稼ぎに来ているラティーナたちは、ほとんどスカートをはかない。スカートをはくのはスナック勤めをしている女たちだけで、それも店の中だけだ。

彼女たちのジーパンにへそ出しルックばかり見慣れたわたしには、スカートをはいたラティーナたちの姿はすごく新鮮に思えた。同時に、いい年をして綿パンに汚いジャンパー姿のわたしの姿が、とてもここには似つかわしくないと、恥ずかしくなった。

昼食は摂ったので、どこかお茶を飲める店を探した。しかし、ハンバーガーショップみたいな店が、見渡した限りではない。向かいのビルにコーヒーショップらしい店を見つけたので行ってみた。

ところが、見てみると軽食屋のようだった。エバに飲み物だけでもいいか聞いてもらった。大丈夫だというので入って、二人でジュースを注文した。

客はわたしたち二人だけだった。

「エバ、わたし、こんな格好で恥ずかしいな。みんな、ネクタイしてる」

「大丈夫。あなた、日本人」

「でも、ここにいる日本人なら、みんなネクタイとかしてるだろ。さっき、あの日本人の会社行ったときも恥ずかしかった。どっかで、服買いたいんだけど。服をあまりたくさん持ってきてないんだ」

オーケー、あとでね」

下着の替えもなくなってきたし、今日中になんとかする必要があった。

雑談しているうちに二時になった。清算して店を出て、先ほどの観光案内所に行った。今度は、オフィスは開いていた。といっても、三十くらいの女性が一人いただけだった。オフィス自体もお客が四、五人座れるくらいのカウンターがあるだけの、こじんまりしたものだった。

地図が欲しいと言うと、ボゴタのか、それともコロンビアのかと聞かれた。とりあえずあるものはみんな見せて欲しいと頼み、コロンビア全体の地図と、ボゴタの市内地図、エバの出身地であるサンタンデール州の地図、そのほかに観光名所のパンフレット、ボゴタ市内のお店のガイドブックなどをもらった。地図は有料だった。

わたしが日本人だと知ると、日本語のもあると言って、二種類のパンフレットを出してくれた。コロンビアの経済開発省・観光庁が発行しているもので、一つは八ページの薄っぺらいもの、もう一つは六十ページほどある立派なものだった。立派な方は、やはり有料だった。

とはいえ、日本に帰っても、コロンビアに関するものは何もないに等しい。有料だろうが無料だろうが、とにかく手元にある情報はゼロに等しいのだから、手に入るものはすべて分けてもらった。


A氏のオフィスを出て、エレベーターで一階に降りた。エバと約束していたコーヒーショップを覗いたが、彼女の姿が見えない。店員に聞いたが知らないという。勝手に帰ってしまったのかと一瞬怒りがこみ上げて来たが、隣りの店からエバが現れた。ほっとした。

「エバ、何か食べる?」

「うん」

辺りを見回すと、ビル内にカフェテラス風のお店があった。

「ここでいい?」

「大丈夫」

その店は地中海風料理の店だった。オフィス街にある店だから、わざと外国風を気取った店なのだろう。丸の内のOLたちがランチにイタメシを食うような感覚なのだろうか。スープとジュース、肉料理を注文した。メニューを見ながら、エバが「高いね」と言った。オフィス街だから、多少は高いのだろうが、なにしろコロンビアに来て初めての外食なのだから、相場というものが分からない。

「リュージ、彼の話、どうだった。夜、彼と食べるの?」

「ノー。彼、冷たい。話だけね」

エバはがっかりした様子だった。そんなにわたしを誰かに押し付けたいのか。

食事を終わり、清算すると、一万ペソほどだった。日本円で約千円。確かにコロンビアの相場からすれば高かった。エバはチップを置いておくのか聞いたら、「いらない」と答えた。

確かに正式なレストランではない。軽食喫茶みたいな店だったから、チップは必要ないのかなと思った。

「リュージ、これからどうする」

エバが尋ねた。

「うーん。マパ(地図)が欲しい。本屋さんか、ここに書いてあるCNT(観光案内所)に行けばあるだろうから」

わたしは「地球の歩き方」に載っている二つのCNTの住所を見せた。コロンビアはどの街も、縦の通り「カレラ」と横の通り「カジェ」が基本的に碁盤の目のように交差していて、「カレラ70」とか「カジェ45」とか通りの番号が付いている。だから縦と横の通りの番号さえ分かればだいたいの位置が分かるようになっている。

とはいっても、地元の人間には分かっても、旅行者が自由に行動するには、ちゃんとした地図がないと不可能だ。「地球の歩き方」に載っている市内地図は、ボゴタの中心部だけしか載っていないし、簡略化されすぎている。スペイン語のものでいいから、しっかりとした地図が欲しかったのだ。

「ああ、ここ近い」

エバが一つの観光案内所のアドレスを指差して言った。

「オーケー、そこ行く」



プロフィール
HN:
出町柳次
性別:
男性
職業:
フリーライター
趣味:
ネットでナンパ
自己紹介:
フリーライター。国際版SNS30サイト以上登録してネットナンパで国連加盟国193カ国の女性を生涯かけて制覇することをライフワークにしている50代の中年。現在、日刊スポーツにコラム連載中(毎週土曜日)。
新著「体験ルポ 在日外国人女性のセックス」(光文社刊)好評発売中。
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