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あるコロンビア売春婦と一年間恋人関係にあった私は、不法滞在で強制送還された彼女を追いかけてコロンビア本国に渡って彼女の家を訪ねた。そこで見たものは…
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 大黒埠頭からベイブリッジを経由して、山下公園に行った。車は二十四時間パーキングに入れた。すでに一時近いので、もちろんマリンタワーの灯も消えている。氷川丸にも乗れない。だが、一応、山下公園の全景を見せたくて、歩いて氷川丸のほうに歩いた。そこから見える横浜港の夜景に、エバは感激していた。

 氷川丸の乗船所の横には、湾内一周クルージングの船も横付けされていた。それを見て、エバが「これ、いつ乗れる」とわたしに聞いた。

「今日はダメだよ。終わり」

「それ、分かる。明日、オーケー?」

「ノー。明日、時間ない。あなた、仕事でしょ。今度、休みのとき、オーケー」

「オーケー。でも、わたし、休みない」

 エバはこのあたりに泊まって、翌朝に乗船したいようだったが、朝一番の船で十時過ぎだ。クルージングを終えて、池袋まで彼女の送って行くとなると、昼間の首都高はムチャ混みするから、仕事の始まる一時までに着くのは難しい。そんな危ない橋は渡れなかった。

 エバはすんなり諦めてくれた。公園の中の売店は、なぜか営業していた。もちろん、そんな大したものを売っているわけではなく、トウモロコシにたこ焼き、缶ジュース程度のものだ。エバをピックアップしてから何も食べていなかったので、「何か食べる」と聞いたら、「食べる」と彼女は答えた。エバはトウモロコシとジュースを、わたしはたこ焼きとウーロン茶を注文した。

「エバ、コロンビアにトウモロコシあるの」

「ある」

 よく考えてみれば、トウモロコシは南米原産だった。しかし、こちらのように、醤油で焼いたりはしないだろう。口に合うかどうか心配したが、わたしのたこ焼きと半分ずつ交換しながら、ベンチに座って食べていた。

 そこに、二人の外国人のアベックがやって来た。二人ともアングロサクソン系でないことはすぐに分かった。男はイラン人、女はコロンビアーナだと直感した。

「エバ、あの二人、イラン人とコロンビアーナじゃないか」

「そう、よく分かるね」

 二人の会話は聞き取れなかったが、コロンビアーナのエバには、一瞥で区別がついたようだった。

 イラン人とコロンビアーナのカップルは多い。彫りの深いイラン人の顔は、色の黒いアラブ系より、イタリア人などのラテン系に近いから親しみやすいということがある。また、イランのようなイスラム教徒は、ほとんど男しか出稼ぎに行かないから、女に飢えている。韓国や中国などのように、自国人同士で恋愛出来ない。それで、勢いコロンビアーナに猛烈にアタックする。もちろん、ほとんどが日本にいるときだけのセックスフレンドのつもりだ。

 ここで大事なのは、やはり金だ。多くのイラン人は、平均的な日本人のサラリーマンよりも、はるかに金を持っている。

 バブルのころ、人手不足の日本に、ペルーやブラジルの日系人のほか、イスラム圏のバングラディッシュ、パキスタンの男がやって来た。少し遅れてイラン人が入って来た。働き場所は、「ゲンバ」と呼ばれる肉体労働が主だったが、時給でいうと、一番高いのが労働ビザを持っている日系人で千三百円平均、その次がパキスタン、バングラディッシュで千円平均、一番安いのがイラン人で七百円平均だった。

 イスラム圏が安いのは、労働ビザを持たない不法滞在者のため、雇い主が危険性を考慮したためだ。イラン人が一段と安かったのは、新しく日本にやって来たため安く買い叩かれたのと、気性が荒くて文句も多く、雇い主から敬遠されたことがある。

 それで、不況になったとき、最初に首を切られたのがイラン人たちだった。職にあぶれたイラン人たちは、偽造テレカや麻薬の密売に手を染めていった。もちろん危険だが、そのぶん金になる。イラクとの戦争を経験してきた彼らには、少々の危険など屁でもなかった。

 もちろん、まじめなイラン人もいる。群馬県の工場で働いていたイラン人が、同国人の悪行を、こう嘆いたことがある。

「東京にいるイラン人は、みんな悪いやつばかりだよ。クスリとかドロボーとか。でも、田舎にいるイラン人は真面目。うちの社長、いい人。だから、わたし、社長のために頑張る」

 彼の時給は七百円だった。残業も減って、月に二十五万円くらいにしかならないという。ときどきこういう不法滞在者を雇っている中小企業が入管に摘発されることがある。しかし、いくら不況とはいえ、3K仕事を好んでやる日本人は少ない。労働力不足を不法滞在者に頼っている中小企業は、彼らを失えば、即倒産となる。まじめに働いている不法滞在者より、麻薬密売や窃盗団を働いている奴らをまず逮捕して欲しいのだが、当局の摘発は捜査が簡単な「まじめな不法滞在者」になりがちだ。だが、イラン人に限れば、「まじめ」というのは、あくまで少数派だった。

 ダーティービジネスで大金を手にしたイラン人たちは、十万、二十万円の金のネックレスや宝石をプレゼントして、コロンビアーナたちにアタックした。女のほうは、金の出所がきれいなものであろうと汚いものであろうと関係ない。より多くの金をプレゼントしてくれる男のほうを「恋人」に選ぶ。中にはイラン人の子供を身ごもり、無国籍児を育てているコロンビアーナもいた。

 コロンビアーナとイラン人の関係は、ヤクザとその愛人のようなものだと思う。コロンビアーナに聞けば、だいたいみんな「イラン人は嫌い」と答える。日本人の女だって、「ヤクザは好きか」と聞かれれば、「嫌い」と答えるだろう。だが、現実にヤクザにはたいていとびっきり美人の愛人がいる。イラン人にも、コロンビアーナや日本人の女を愛人にしているのが多くいる。

 つまり「ヤクザ」「イラン人」というブランドは嫌われるが、個別の関係としては、「彼だけは特別」ということになる。生きるためにはどんなことでもやるという暴力的、動物的な部分が、ある種の女たちにはたまらない魅力になる。「暴力」と「金」。結局、これがすべてなのだ。


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「エバ。プロモーションはどこ」

「カワサキ」

「ふーん」

「デウダ(借金)はまだあるの」

「もう終わった。わたし、ハッピー」

「いくらだったの」

「二百万円」

 勘違いしている人が多いが、こういう外国人娼婦、とくにラティーナを扱っているブローカーには二種類ある。マネージャーとプロモーターだ。日本に来たい女を、様々な手段を使って入国させ、その見返りとして借金を背負わせ、回収していくのがマネージャー。日本で仲介料を取って仕事場を斡旋するのがプロモーターだ。両者を兼ねているブローカーもいるが、マネージャーの多くは、初期のころに来日し、日本人と結婚したラティーナたちがやっている。自由にコロンビアなどの国と日本を行き来できるからだ。

 エバの所属しているカワサキは、全国の劇場やデートスナックに何十人もラティーナを派遣している大手のプロモーターだった。マネージャーとは借金を払い終わったら、その時点で関係が切れるが、プロモーターとは仕事を斡旋してもらう限り、関係は続く。

 斡旋料を取られるので、フリーになって、友だちの紹介でスナックなどの楽な仕事場を探す場合もあるが、確実に稼げる仕事場はプロモーターが押さえているので、借金がなくなっても引き続きプロモーターの世話になっている女も多かった。エバも、そのひとりのようだった。

 夜中なので、首都高は空いていた。羽田空港のネオンが見えたので、「あれ、アエロプエルト(空港)」と教えてやった。

「ナリタ?」

「ノー、ハネダ。ドメスティック(国内線)」

「ボニート」

 エバは羽田空港の名前を知らなかった。まだ国内線には乗ったことがなかったのだ。

 

「元気?」

 そう言いながら、エバはわたしの太腿から局部に対してタッチしてきた。おとなしいと思っていたのに、意外に積極的なところがあった。わたしはこういうスケベな女が大好きだ。こちらも負けずに、運転しながらエバの太腿を触ったが、ジーンズなので、いまいち触りごこちがよくない。胸にタッチしてみた。エバのバストは、かなり大きくて弾力があった。触っているうちに、こっちの局部が反応してきた。

「エバ、大きくなった」

「あっ、スケベねー」

 そう言いながら、うれしそうにわたしの局部に触り続けた。

「でも、ここでは出来ない。あとでね」

 お預けを食った。ドライブだけで終わるかもしれないと思っていたが、ホテルまで行くつもりらしかった。だが、お金を要求されるのだろうか。お金を要求されるのなら、わたしは「客」としてデートの対象に選ばれたことになる。まだエバの真意が分からなかった。

「あなた、ボニート。かっこいい」

 先日と同じことをエバは言った。そりゃ、若いころなら多少は自信がったが、いまは中年にさしかかり、腹も出てきている。からかわれているのではと思ったが、どうやら本気で言っているらしい。

わたしはどちらかというと彫りの深い顔で、日本人らしくないと言われる。それに、東南アジアや南米のような開発途上国の女性は、太っていることに対して概して拒否反応がない。やせていると貧乏くさいと思われるのだ。わたしは、たまたまエバのタイプらしかった。

「エバ、オフィスに何人女がいるの」

「三人」

「誰? 名前は」

「どうして。あなた、知らない。あと二人、カジェ(街娼)の女」

 エバの説明によると、昼の一時から十一時までで、仕事が終わったら、ほかの二人の女は池袋で立ちんぼをしているのだという。おそらく経営者は、エバだけカワサキから派遣してもらい、ほかの二人はカジェでスカウトして調達したのだろう。

 立ちんぼの仕事は、夜の九時ごろから深夜の二時、三時ころまでだ。パーティルームの仕事を終えて、そのあとカジェに出れば、二重の稼ぎになる。体力的にはきついが、劇場の仕事をしている女にも、同じように二毛作をしているのがいるとは聞いていた。

「みんな、オフィスに寝てるの」

「ノー。二人はアパートある。池袋。オフィスに近い」

「エバも、そこで寝るの」

「わたし、ひとりでオフィスに寝る」

「どうして? 彼女たちといっしょじゃないの」

「友だちじゃない。だから、ひとりで寝る。問題ない」

 オフィスがどんな様子になっているのかは知らない。たが、昼間客を取っているところで寝るのは、気分のいいものではないだろう。初めて会ったとはいえ、同僚なのだから十日間くらい女のアパートに居候させてもらったほうがよさそうなものなのに、エバは嫌らしい。

「エバにはアパートないの」

「ない」

「どうして」

「お金かかる。わたし、いつも仕事、あっちこっち。だから、アパートいらない」

 だが、彼女のような仕事をしていても、アパートを借りている女はけっこういた。長期間滞在していると、荷物が増えてくる。それを置くアパートが必要になってくるのだ。

 もちろん、ひとりで借りるのはもったいないので、友人や兄弟姉妹と共同で借りたり、男のアパートに転がり込む場合が多い。エバのようにストリッパーの場合は楽屋に泊まれるので、アパートは必要ないといえば必要ないが、ふつうは我慢できない。彼女には、共同でアパートを借りるような信頼できる友人がいなかったのではないか。


 初めてエバと関係を持ったのは、その数日後だった。昼間、教えた携帯電話に「会いたい」という連絡があった。

「いまどこにいるの」

「池袋」

「テアトル?」

「ノー。アパート。オフィス」

 わたしはエバの答えに「? ?」という感じになった。しかし、少し考えて、思い当たる節があった。この数年前、「大人のパーティ」というスタイルの風俗が流行り出し、雑誌などで紹介されていた。日本人の女性が数人マンションで待機していて、部屋の一室でセックスをするというものである。

 それに呼応して、最近仕事にあぶれたラティーナを集めて、「金髪パーティルーム」というのが出来たと聞いていた。おそらく、今週はそこで仕事をしているのだろうと思ったのだ。

 エバは夜の十一時半、池袋西口のマクドナルドの前に来てくれと言った。仕事を終え、時間をつぶしていると、十時過ぎにまたエバから電話があった。キャンセルかと思ったら、逆に「仕事が早く終わりそうなので、十時半、いや十時四十五分に来てほしい」と言う。

 早い分には大歓迎なので、さっそく車で池袋に向かった。しかし、どうしてこんなに早い時間に仕事が終わるのか、不思議に思った。劇場やヘルスのような風俗営業の許可の要る業種は、風営法の関係で十二時までしか営業できない。

 だが、マンションでやっている「金髪パーティルーム」などは、とうぜん許可を取らない非合法な店である。したがって、いくら遅くまでやっていても関係ない。むしろ、ヘルスやソープランドが閉まる深夜のほうが、あぶれた客が来て儲かるのではないかと思ったのだ。実際、ホテトルなどは深夜遅くまで営業しているからである。

 考えられるのは、マンションで営業しているので、あまり深夜に人が出入りすると当局に目を付けられやすいということと、泥酔した客が来ないように配慮したのではないかということだ。

 どこの風俗でも嫌がられるのが酔っ払いである。スナックならともかく、ヌキのある店では、酔っ払ってなかなかいかない客が一番女の子に嫌われるのだ。

 西口のマクドナルドはすぐに見つかった。だが、その付近には駐車するスペースがまったくなかった。しかたなく、少し離れた芸術劇場の前の通りに駐車して、マクドナルドで待つことにした。

 約束の十時四十五分になっても、なかなかエバは現れない。やはり彼女もラティーナタイムの持ち主なのだろうと思った。駐車違反が気になるので、一度車を見に行った。何も張られていないのを確認して、マクドナルドに戻った。

 ようやく十一時半に電話がなった。エバからだった。

「いま、どこにいる」

「マクドナルドで待ってる」

「いますぐ行く」

 結局、最初に待ち合わせた時間と同じだったではないか。しばらく待っていると、ジーンズ姿のエバが、横断歩道を渡ってこちらに歩いてくるのが目に入った。

「車はどこ」

「あっちだ」

 わたしは芸術劇場の方角を指差した。

「遠いね」

「しょうがない。ここ、パーキング出来ない」

 ほんの数百メートルなのに、エバは歩くのを嫌がった。彼女を車に乗せ、とりあえず明治通りに出て、新宿方向に向かった。

「どこに行きたい」

「分からない」

 せっかく二人きりになったのだし、初めてのデートだから、どこかドライブに行こうと考えた。

「ヨコハマ行く?」

「なにある?」

「海。大きい船」

「オーケー。行く」

 話しているうちに、新宿に来てしまった。外苑から首都高に乗ろうと新宿二丁目の交差点を左折したとき、なにげなく「ここはマリコン(オカマ)がいるカジェ(街)だ」と説明すると、「ホント?」と興味を示した。

「ちょっと見るか」

「見る。見る」

 エバは目を輝かせた。

 車をパーキングエリアに停め、二丁目の大通りを歩いた。女装したオカマが客と立ち話をしていた。エバがわたしの腕にしがみつき、「ここ、だいじょうぶ?」と聞いてきた。

「どうして」

「コロンビアでは、マリコンはポリス、危ない」

 カソリックの教義の厳しいところでは、オカマは神を冒涜するものとして、禁止されているのだろうか。

 途中、ネオンが輝いているオカマグッズ屋に立ち寄った。二丁目には三軒ほどあるが、どこにも「さぶ」などのホモ雑誌やホモ写真集、張り型などのグッズが所狭しと置いてある。男性器がもろに写っている写真を見て、エバは「わたし、初めて見た」とうれしそうに言った。

 前開きのどぎつい黒や赤のビキニパンティが陳列してあったので、「これ、プレゼントする」と冗談で言うと、「ホント?」と嬉しそうに言った。おそらく、ネコ役のホモがこれを履き、穴の開いたところからタチ役がアナルにペニスか張り型を挿入するのに使うのだろう。

 もちろん、そんなものは買わずに、二丁目を一周して車に戻った。外苑で首都高に乗り、横浜に向かった。少し遠回りになるが、レインボーブリッジを経由した。

「ボニート(きれい)」とエバはつぶやいた。コロンビアには高速道路もないらしい。かつて日本人がサンフランシスコの金門橋に抱いたのと同じような憧れを、このレインボーブリッジに抱くらしいのだ。


 車をスタートさせながら、新宿からA市まで行く途中のルートで、だれか独身の一人住まいはいないものか、考えを巡らせた。彼女たちは、十二時過ぎには劇場に入らなくてはならない。仮眠できたとしても三~四時間だ。となると、昼頃まで自宅にいる奴を探さなくてはならない。

  まず頭に浮かんだのが、何度かいっしょに劇場に行ったことのあるテレビ局勤務のヨシオだ。しかし、この彼も勤務のシフトいかんではアパートを早く出てしまう。赤の他人を残して留守をするのは嫌がるだろう。

 しかたなく、仕事仲間のトシに電話してみることにした。彼は池袋の近くのアパートに一人で住んでいるし、少し前に新宿のコロンビアーナのたくさんいるスナックに連れて行ったことがある。

  三~四人の若いコロンビアーナに囲まれて、けっこう喜んでいたし、そのあとディスコにも行った。まんざら事情が分からないわけではない。問題は、仕事仲間に言いふらされやしないかということだが、この際そんなことを言っている場合ではない。

 車が信号待ちになったとき、電話帳を鞄から取り出して携帯電話でトシにかけた。午前六時。もちろん、迷惑は承知だ。案の定、受話器から「はーい」という寝惚けた声がする。弱気になると、断られてしまう可能性が出てくる。ここは強気でいかなくてはならない。

「リュージだけど、これからそっちに女の子三人連れていくから、泊めてくれ」と断定的に言った。何事か事情がよく飲み込めないらしく、「えっ?」と言ったきり、言葉が返ってこない。

「コロンビアディスコで女の子を三人確保したんだけど、一人でもてあましているからなんとかしてくれ。昼頃まで仮眠するだけでいいんだ」と畳み掛けるように言った。これが男だったら即座に断られるだろう。

  しかし、ガイジンの女が三人なのだ。どんな女なのだろうか、ちょっと見てみたいなと、少しスケベ心が起きればしめたものだ。

「とにかく、少しでいいから仮眠させてくれ」と言うと、「いいけど…」という返事。だが、Eのアパートにはまだ行ったことがない。だいたいの場所を教えてもらい、そこまで迎えに来てもらうことにした。

「友だちのアパートに泊めてもらえることになった」と言うと、クリスが安堵したように「よかった。でも、そこは広いの」と聞いてきた。行ったことがないのだから本当は分からない。だが、狭いかもしれないと言って、嫌だとごねられてもいまさら困る。「大丈夫。広い、広い」と、ここは誤魔化しておくほかはない。コロンビアーナはわがままなのだ。

 指定された交差点に着き、電話をすると、数分してトシが現れた。パジャマ姿かと思ったら、ちゃんと着替えている。やはり、レディーを迎えるとなると、パジャマはまずいと思ったのだろう。車を下りて、彼の後に続く。けっこう歩いた。

  案の上、クリスが「どこ。遠い」と文句を言い出した。それでも、「もうすぐ。もうすぐ」と言ってなだめながら連れていった。トシのアパートは、小さなビルの二階にあった。一DKの広さだが、雑然と物が置いてあるのでかなり狭く感じる。女がときどき来て、掃除している様子もない。完全な男のアパートという感じだ。

「どこ、寝る」と聞くので「ここ」とトシが言った。板張りのキッチンでは寝るわけにいかないので、六畳の部屋に五人が雑魚寝するしかない。クリスが「パジャマない?」とトシに聞いた。「そんなものないよ」とトシが言うと、しかたなくそのまま横になった。一番奥にクリス、真ん中にジェニファー、そのとなりにエバという順に寝て、トシは彼女たちの足元に横になった。

  これで十一時ごろまでは眠れそうだが、置きっぱなしになっている車が気になった。Eに、このあたりで車が置けそうなところはないかと言うと、近くにパーキングメーターがあるから、そこに置いておけば大丈夫だろうという。しかし、十一時までパーキングメーターのところに置いておけば、赤が点滅するだろう。それに二回もそこを往復するのは面倒臭い。

  ここも狭くて寝苦しいので、「少ししたら車に戻って、車の中で寝ているから、十一時になったら携帯電話を鳴らして起こしてくれ」とトシに頼んだ。

 クリスとジェニファーは、もう寝息を立てて寝ているが、エバだけは起きていた。それでしばらく彼女と話をしていた。

「あなた。いつも見る。わたし」

 驚いた。エバとはプライベートをしたことないし、もちろん本番に上がったこともない。タッチすらしたことなかっただろう。それなのに、彼女はわたしがエバを見た劇場を正確に覚えている。体つきはおいしそうだと思ったことはあるが、それほどの美人でもないし、いつももっと美人のお目当ての女がいたので、結局彼女とは何にもなかったのにだ。

「あなた。真面目」

  エバは、彼女にわたしが何もしなかったのを「真面目だから」と勘違いしていたようだ。ただ単に、他の女のプライベートに入るのを見られなかったというだけにすぎない。しかし、一~二回やっても顔を覚えていない女もいるのに、何にもしていないわたしのことを覚えているなんて、けっこうわたしが彼女のタイプなのかなと思ってうれしくなった。思い切って聞いてみた。

「エバ。あなた、恋人いる?」

「ノー。セパレート」

  本当かどうか分からないが、「いない」と言うところをみると、多少わたしに好意を持っているのだろう。

 顔を突き合わせてしゃべっていたので、自然とキスをする雰囲気になった。そのうち、手をエバの豊満な胸に入れてタッチすると、彼女も胸のボタンをはずして、それをあらわにしてわたしの口に含ませた。

  エバも感じてきたのか、小さな声を洩らし始めた。そしてわたしの息子をズボンの上からまさぐり始めた。エバはGパンをはいたままだ。いちばん上と次のボタンをはずしてやり、手を入れようとすると、入りやすいように少し腰を浮かした。

  パンティーに触れるとわずかに湿り気を帯びて始めているようだ。「ダメ、ここ恥ずかしい」。いくらみんな寝ているといっても、ここでこれ以上のことをするのはわたしにとってもまずい。

 財布から高速道路の領収書を取り出し、そこにわたしの携帯電話の番号を書いて「今度、テアトル、チェンジしたら電話、オーケー?」と言って、エバに手渡した。エバも「オーケー」と言って、紙をポケットにしまった。「エバ。わたし、コッチェ(車)で寝る。また、すぐここに来る。オーケー?」と言いながら、もう一度キスをして、トシの部屋を出た。

  もう時間は七時過ぎていて、人通りも多くなっていた。何時間も駐車しておくわけにはいくまい。トシに言われたとおり、近くのパーキングエリアに車を停め、エンジンをかけながらリクライニングシートを倒して、眠った。

 約束どおり、十一時ごろにトシから電話がかかってきた。「すぐ行くから、すぐに出られるように用意させてくれ」と言って、電話を切った。五分もかからないうちに彼のアパートの前に着いたが、やはり彼女たちは出てきていない。

  ここは商店街なので、この時間になると商用車も多く、車を長時間離れることはできそうになかった。しばらく待っていると、後ろからコカコーラの営業車にクラクションを鳴らされた。少し前に移動して、またしばらく待つと、ようやく三人が出てきた。トシも一緒だ。しかし、彼には彼女たちがいったい何者なのか、まださっぱり分からないに違いない。車に三人を乗せ、トシに礼を言って車をスタートさせた。

 郊外に出る方角なので、道は混んでなく、順調に走れたので十二時前には着いた。三人とも、車の中で寝ていた。劇場に近づいたので、近くで降ろそうとすると、クリスが「イチゴミルク飲む? 美味しい」という。

「え、何」と一瞬何のことか分からなかったが、お礼にジュースをご馳走するということらしい。「オーケー」と言うと、近くの喫茶店のほうにわたしを連れていった。ここでジュースを飲むらしい。その喫茶店には一度も入ったことがなかったが、女の子たちには評判がいいらしい。盛んに「美味しい、美味しい」を連発していた。

  しばらくすると、クリスが「行く」と言った。勘定を払おうとすると、「いらない。わたしたちが払う」とクリスが言う。約束どおり、奢ると言うのだ。

  彼女たちは、自分の男と認めた男には金をとことん払わせるが、まだ親しくない男にはある程度、割り勘にする習慣があるようだ。もちろん、体を売る「お客さん」には全部払わせるのはもちろんだが。

 店を出てから、少し立ち止まり、クリスが「今日はありがとう。また、今度ね」と言った。しかし、彼女にはわたしの携帯電話を教えていない。エバだけに教えたということは、ほかの二人は知らないはずだ。

  ここで、クリスから電話番号を教えてくれと言ったら困るなと思ったが、彼女は何も聞かなかった。公然とは聞きにくかったのだろう。もし、聞かれたら三人全員に書いて渡すつもりだったが、その必要はなかった。三人はそのまま劇場のほうに歩いていき、わたしは車で家に戻った。二時間ほど仮眠しただけなので、無性に眠たい。家に帰り、徹夜明けのふりをして、泥のように眠った。

 



「あなたディスコ好き? わたし、大好き」とペギーが聞くので「好き」と答えた。「わたし、ときどきここ来る」と言うので「わたしもときどき」と言ってやった。いまは赤坂のスナックにいるという。

「コロンビアーナ、わたしひとり。あとアメリカ人、オーストラリア人。カラオケある。でも、デートない」

 六本木なら白人系の店は多く知っている。だが赤坂の外人クラブは知らないので「行きたい」と言うと、「いま名刺もってない。アパートの電話教えるので、ここへかけて」と言いつつ、店のナプキンに電話番号を書いてよこした。

  ペギーは七~八人の男女のグループだったが、別にその男の目を気にする様子もなかった。ただの男友だちなのだろうか。その後、踊る相手を次々代えながら、踊り狂っていた。本当にディスコが大好きらしい。

 席に戻ると、ペギーがクリスと話をしている。こちらも顔見知りらしい。二人が話し終わったあと、クリスが「あなた、ペギー知ってる?」と聞いてきた。「うん」と答えると、「フーン」とうなずいた。

  こういうところでは、あまり異性の知り合いが多いとまずい。浮気者だと思われるからだ。しかし、どうせ劇場で知り合った仲だ。底は知れている。別に誰と恋人というわけでもないしと、開き直った。

 クリスに比べて、エバとジェニファーは控えめだ。とくにジェニファーは無口といってもいい。まったく踊ろうともしない。「どうして踊らないの」と聞くと、「あまり好きじゃない」と言った。

  その代わり、タバコをスパスパ吸い続けていた。ウィスキーも結構飲んでいる。クリスが典型的なラティーナだとすると、ジェニファーなどはロシアかどこか北のほうの国の鬱屈した売春婦を想像させる。日本でいえば、青線などで座蒲団売春していた女のような雰囲気だ。

  反対に、クリスとエバはタバコを吸わない。コロンビアーナには、こういう仕事をしていても、タバコを吸わない女は多いのだ。

 エバが踊ろうというので相手をした。メレンゲだ。踊り(バイラール)は好きじゃないと言っていたのに、踊り出すとなかなか上手い。基本がしっかりしている。ジルバ風にくるくる回すのも教えてくれたが、そのタイミングがよく分からない。

  クリスは、わたしがそういうバリエーションをつけては踊れないということが分かっているのか、ずっと体をくっつけて踊っているだけだった。もちろん、頬と頬がくっつくような濃密さで踊るのだが。

 

 

 四時を過ぎる頃になると、今日の始末をどうつけるか気になってきた。相手は三人。とてもじゃないが、ホテルに入れる人数じゃない。仮に入れたとしてもべらぼうな割増料金を取られるだろう。

  以前、ディスコに行った帰り、テレサとその友だちのケリーの三人で朝の八時ころホテルに入ったことがあった。十二時には出たのに、特別料金だと言われて二万数千円も取られてしまった。もちろん、テレサとしかしていない。

  四人でホテルに入っても、三P、四Pというのならまだ納得できるが、そういうわけにもいかない。牽制しあってただ寝るだけということになるのがせきの山だ。だから、ホテルに泊まるのだけは、金の無駄遣いだから避けたかった。

 クリスに「いつ帰る」と聞いてみた。すると「もう少し」と言う。彼女はますます元気だ。ほっておいたら、店が閉まる八時まで踊り続けるかもしれない。それだけは勘弁してほしい。八時までディスコをはしごさせられたテレサの二の舞になる。

  いいかげんにブレーキをかけておかないとたまったもんじゃないので、「疲れた。疲れた」とオーバーに言っておいた。五時半を過ぎて、ようやくクリスが帰ろうと言い出したのでホッとした。

  ところが、パーキングに置いてある車をここまで持ってきてくれという。歩くのが嫌なのと、危険地帯を歩きたくなのだろう。エレベーターを降りて、外に出てみると、もう外はすっかり明るい。またまた夜明しをしてしまった。

  パーキングの駐車料金は二千四百円だった。五時間ほどだからこんなものか。ラテンブラザースの前に車を付けて、彼女たちの出てくるのを待ったが、全然出てくる様子はない。世話のやけるやつらだ。いちいち呼びにいかなくちゃならない。

 エレベーターを昇って再度、ラテンブラザースの中に入り、三人を連れ出した。ここの料金は、約束どおり三人が払ったらしい。車に乗せ、「これからどうするんだ?」と聞いてみた。

  正直言って、今日どうこうしようという気はない。ホテルに行っても何もできないのは分かっているから、彼女たちに、どこか友だちのアパートかなんかに行ってもらったほうがいいのだ。

 しかし、案の定、クリスの答えは「ホテル!」だ。「だめ、だめ。四人なんかで入ることできない」と言うと、「大丈夫。三P、三P」なんてのんきなことを言っている。正しくは四Pというべきなんだろうけど、日本語が怪しいのだからしょうがない。それにしても、だれに三Pなんて言葉を教わったのか。

プロフィール
HN:
出町柳次
性別:
男性
職業:
フリーライター
趣味:
ネットでナンパ
自己紹介:
フリーライター。国際版SNS30サイト以上登録してネットナンパで国連加盟国193カ国の女性を生涯かけて制覇することをライフワークにしている50代の中年。現在、日刊スポーツにコラム連載中(毎週土曜日)。
新著「体験ルポ 在日外国人女性のセックス」(光文社刊)好評発売中。
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