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「エバ、ここ、いくら。四百万円?」
「そう」
エバのマンションが二百万円だと言っていたから、面積からいって倍だろうと推測したのだが、ずばり当たったのだ。
しかし、どうしてこんな高級マンションを遊ばせておくのだろうか。どうせイタリアにいるつもりなら、他人に貸した方が資産の運用ができる。
「ここ、もったいない。どうしてレンタルにしない?」
「お姉さん、夏休み、冬休み、コロンビアに帰る。ここで子供といっしょに寝る。だから、レンタルしない」
サリーには、別れた弁護士の夫との間に二人の女の子がいて、現在は夫のもとに引き取られていた。年に一、二回、コロンビアに帰国して、しばらくの間、子供と過ごすのが彼女の習慣だった。
だが、金にうるさかったサリーが、こんなにもったいないことをしているのも納得できなかった。ひょっとしたら、イタリアには長くいるつもりはないのかもしれないと思ったのだ。
というのも、エバが捕まってから何度もイタリアのサリーに連絡を取ったのだが、留守番電話の声は男の声で吹き込まれているのに、電話に出るのはいつもサリーだけだった。だから、イタリア人とはうまくいってなく、別居しているのだと思っていたのだ。ところが、一ヶ月前にサリーに電話したとき、珍しく男が出た。
「エバ、サリーとイタリアーノは大丈夫?」
「そう、いま大丈夫」
ということは、前はやっぱり別居していたのだ。
「どうして、前、いっしょじゃない?」
「お姉さん、わがままだから」
わたしはいくらイタリアーノが女好きだからといっても、どうしてあんなわがままな女と付き合っていけるのか、不思議だった。こういうわがままラティーナと付き合えるのは、日本では何でも言いなりになるおとなしいマゾタイプの男か、逆に彼女たちをコントロールできるほど大金持ちだけだ。
イタリアーノというと、口八丁、手八丁で女を口説きまくるナンパ師というイメージがあるが、彼とは会ったことがなかったので、こういう典型的なイタリアーノなのか、それともおとなしい男なのか分からない。でも、サリーと金銭がらみではなく、純粋に愛で結ばれていたはずのイタリア人でさえ、やっぱり我慢できなかったらしい。どういうわけで元の鞘に納まったのかは分からないが…。
お土産以外の荷物をまとめ、二人でエレベーターを降りた。ボーイにちょっと挨拶し、外に出た。タクシーが拾える大通りまで、マンションの玄関から数十メートルくらいある。リュックサックを背負い、トランクを引きながら歩いているうちに、エバがふと足を止め、言った。
「リュージ。ホテル、お金高い。もったいない。あなた、お姉さんの部屋に泊まる、オーケー?」
いいも悪いもない。ただで泊まれる方がいいに決まっている。
「オーケー」
「でも、ファックスない」
「ファックス、いま要らない。あとで大丈夫」
ボゴタには、どうせ数日しかいるつもりはなかった。カリかどこかに行くだろう。そのとき必然的にホテルに泊まることになる。それで十分間に合うはずだった。
荷物を持って引き返すと、ボーイがドアを開けてくれた。たったいま出ていった二人が、数十秒も経たないうちに引き返してしまったので、内心不思議に思っているだろう。しかし、そんなことはおくびにも出さず彼は黙ってドアを開けた。
エバによれば、ボーイは三人が交替で二十四時間勤務しているらしい。ここは分譲マンションだから、エバたち居住者たちが毎月いくらかの管理費を払い、そこから三人の給料が出ているのは間違いない。人件費がいくら安いといっても、居住者のプライベートなことに口を挟み、職を失うようなことを直接彼らはしないだろう。
ふたたびエレベーターに乗り、今度は七階に上がった。そこの一番奥の部屋の鍵をエバは開け、わたしを招き入れた。イタリアにいるサリーの部屋だった。空き部屋にしているらしい。
ざっと部屋を見回したが、エバの部屋よりもリビングなどは、二倍は広い。部屋も三部屋ほどあって、三LDKといったところか。ソファやベッドなどの調度品も、かなりの高級品だった。
二回日本に出稼ぎに行ったといっても、サリーの滞在期間は九ヶ月、六ヶ月といずれも短い。そのサリーの部屋の方が、二年三ヶ月日本にいたエバの部屋よりも広いというのはどういうことか。
エバによれば、サリーはイタリアにも家を買っていたはずだった。どうしてそんなに金があるのか。
サリーは日本にいる間は、金を稼ぐことに徹していたプロ中のプロだった。何人ものなじみの客をたちまちつかみ、劇場の仕事が終わると毎日のように「デート」に励んでいた。外出できない地方の仕事を回されると、わがままを言って断り、自分でなじみの客に電話して、数時間単位でデートの約束を取り付けて、金を稼いでいた。おとなしいエバとは対照的な、わがままラティーナの典型だった。
エバも来日時の借金二百万円を半年で返したのだから、稼ぎが悪かった方ではないが、サリーはエバの三倍も四倍もの効率で稼いでいた。だから「資産」がこんなに残ったのだろう。
サリーはエバが送金したお金でイタリア人の恋人と一緒に再来日した。もちろん売春するためで、イタリア人の恋人といっしょに来たのは入管をすんなり通るためのカモフラージュだった。恋人にはホステスの仕事だと嘘をつき通したらしく、半年間稼ぐだけ稼いで帰っていった。
エバは、サリーが再来日してから、彼女の影響を受けて性格が変わっていった。金の稼ぎ方を教わったのだ。当初は「お姉さんに怒られるから、リュージもわたしにお金を払っていることにしてくれ」と言うような優しさを残していた。
だが、週末の一番デートの客がつきやすいときに、いつもわたしといっしょにいることで、金を稼ぎそこなっていることに気づいたのだろう。だんだん言い争うことが多くなり、彼女が捕まる半年前に実質的に別れた。いつのまにか、心の底まで本物の「娼婦」に変身していったのだ。
一年前の彼女の誕生日に、頼まれていたダイヤの指輪を買って持っていったのだが、欲しいものとは違っていたので「もう一つ買ってくれ」と言い出した。わたしはキレてしまい、それが直接的なきっかけで別れたのだ。
「あなた、これ分かる?」
エバが指差した。よく見ると、キッチンのカウンターの上に新品の電話機が置いてある。しかし、線が繋がっていない。
「今日、ここに電話の工事の男が来てる。いま下にいる。あなた、これやって」
どうやら長いこと待たされていた電話工事を、今日このアパートでやっているらしい。しかし、エバに頼まれて線を繋ぎ、コンセントを入れてもウンともスンともいわない。ベッドルームにももう一台電話機を用意してあったが、こちらも機能しない。回線工事がまだ行われていないのだろう。
「エバ、これダメ」と言うと、エバはインターフォンで管理人の男と何やら話し始めた。話を終えると、エバが言った。
「男、あとで来る。だから、あなた、隠れる」
電話工事の男にも、わたしが彼女の部屋にいるのを知られるのが嫌らしい。ベッドルームとリビングの両方の工事をする間、わたしにバスルームに隠れていろというのだ。正直言って、面倒くさいなと思った。
しばらくして、電話工事の男がやって来た。だが、エバはその時になっても隠れろとは言い出さなかった。わたしはソファに座り、無言で工事が終わるのを待っていた。十分くらいで工事は終わった。男が部屋から出て行くと、エバは受話器をさっそく取り、発信音がするのを確かめ、うれしそうに言った。
「リュージ、あなた、ラッキーね。コロンビアに来たその日に電話が来た。わたし、ハッピー、ハッピー」
彼女のファミリーは、イタリアにいるサリー以外、家には電話がない。ボゴタにいる真ん中の姉のリリアナとは、彼女の勤めている会社で連絡がついたが、カリに隣接したパルミラという町にいる三人のお姉さんたちとは、隣近所の家に電話して呼び出してもらうしか連絡方法がなかった。
お姉さんが貧しくて電話を引けないというのは納得できる。しかし、エバの住んでいるのは首都のボゴタで、それもノルテという高級住宅街だ。「一年待っているのに、まだ電話が来ない」と言うのを半信半疑で聞いていたのだが、本当だったのだ。だが、なぜこんなに電話事情が悪いのだろうか。不思議だ。
電話が繋がったので、さっそくエバは電話帳をめくり、ホテルの欄を探した。この近くに目星を付けていたホテルがあるというので、そこにはファックスがあるのかと聞いた。彼女は「分からないけど、聞いてみる」と言った。
エバはそのホテルの電話番号を見つけ、電話した。しばらく交渉したあと、送話口をふさいで言った。
「リュージ、大丈夫。ファックスある。でも、ホテルちょっと高いね。大丈夫?」
「いくら」
「六万ペソ、六千円くらい」
「大丈夫」
「オーケー」
コロンビアの物価にしてみれば、六千円は高い方だが、日本ではビジネスホテル並みの値段だ。安いのにこしたことはないが、あまり汚くて設備が悪いのも困る。また、治安にも不安がある。彼女のアパートに近いのも重要な条件だし、エバに任せることにした。
話がまとまり、さっそく荷物を持ってホテルに移動することにした。
懸けてあるバスタオルで体を拭いて、下着を着替えた。エバと「恋人関係」だったころなら、すぐにセックスになるところだ。だが、なにか「壁」を感じていた。彼女もわたしの「違和感」を感じ取ったらしく、「リュージ、ここ、セックスだめ。ホテル、オーケー。わたしの部屋、だめ」と言った。
彼女は千葉にアパートを借りていたときも、ここではセックスをしないと言ったことがある。わたしの自宅に連れていったときも嫌がった。千葉のアパートは、姉のサリーに男を部屋に入れてはいけないと言われていたからだった。そのくせサリーは、恋人のイタリア人を二ヶ月間も住まわせていたし、わたしもサリーのいないときに、エバとなし崩し的にセックスした。
もったいつけてるだけだろうと思い、「どうして。アパートあるのに、わざわざホテルに行ってセックスしたら、『仕事』になっちゃうだろ。あなた、まだ、『ビッキー』なのか」と意地悪して言った。
エバは「ノー。もう、ビッキー死んだ。あなた、ここに泊まる、だめ。ここ、みんなハイソサエティね。日本人のあなたといっしょにいると、わたし、日本で悪い仕事していたと思われる。みんな、おしゃべり」と言った。
それで納得した。彼女はわたしがこのマンションに出入りすることによって、「ジャパゆきさん」であることがバレるのを恐れているのだ。それで別にホテルを取ってくれと言ったのだ。
ここのマンションの住人は、ほとんどが会社の役員とか弁護士のような高級取りなのだろう。ただでさえ、彼女のような若い女が一人暮らししていれば目立つ。そこに得体の知れない日本人が出入りすれば、隣近所の格好の噂になるだろう。
しかし、そんなことは前から分かっていたはずだ。日本から電話したとき、エバは「わたしの部屋に泊まっていい」と約束したではないか。それなのに、いまさらそんなことを言うのは約束違反だとムカっときた。
「ノー。あなた、恋人いる。だから、わたしがここにいると困るんだろ」
「ノー。恋人いない。友だちだけ」
「エバの言うの友だちは、全部セックスある。日本語の『友だち』は、セックスないのを『友だち』と言うんだ」
エバは日本にいたとき、常連のお客さんを「友だち」と呼んでいた。もちろん、お金をプレゼントしてセックスをするお客さんである。それを皮肉って言ったのだ。
「ノー。わたし、六ヶ月セックスない。十一月に捕まってから、今まで、セックスない」
エバは強く言い張った。彼女はあまり嘘を言わない女である。日本人の水商売の女なら、商売に差し支えがあるから旦那やヒモがいても隠す。「わたし、いま恋人募集中なの」なんて平気で言う。しかし、ラティーナの多くは男が傷つくようなことでも無頓着に言ってしまう。水商売やってるなら、もっと気を遣えと言いたくなるほどである。
エバも数年前までボゴタで学生をしていたのだから、大学時代のボーイフレンドが残っていてもおかしくない。しかし、あれほど言い張るのだから、セックスのある関係ではないというのは本当だろうと思った。
「だから、あなたホテルに行く。オーケー?」
二、三日中に、仕事の関係で日本とファックスのやりとりをする必要があった。ある月刊誌に原稿を書いたのだが、そのゲラが出ないうちにコロンビアに来たからだ。しかし、彼女の部屋にはファックスどころか電話さえなかった。いずれファックスのあるホテルに泊まる必要があったので、「オーケー」と答えた。
「あと、ボゴタで何する?」
わたしはボゴタにいる間、二人の日本人と会うつもりだった。一人は日本の商社の駐在員で、日本にいる友人から紹介状を送ってもらっていた。もう一人はある音楽雑誌にコロンビアの音楽事情を書いていたボゴタ在住の日本人だった。こちらも雑誌社から連絡先を聞いていた。
わたしは彼らから、日本人の目から見たコロンビア社会の実態を聞こうと思っていた。
エバからいろいろ聞くことはできるが、帰国して間もない彼女から聞けることには限界があるし、ボゴタの日本人社会についての知識は皆無といっていいだろう。
とくにわたしはコロンビアの音楽事情について知りたかったから、音楽雑誌に寄稿していたK氏には、ぜひ会って、コンサートやディスコの情報や、日本では手に入らないサルサやメレンゲ、バジェナートなどのCDの入手先を聞きたかった。
エバに、二人に会って、食事でもしながらいろいろ話をしたいと言うと、喜んで賛成してくれた。
エバの部屋には電話がなかったので、一階のボーイのいるところまで降りていった。そこにはコイン式の電話があった。マンションの住人で、電話がない人は、ここから電話する。また、外から電話がかかってきた場合はボーイが取り次ぎ、インターフォンで知らせ、ここまで降りて来て電話するシステムになっているらしい。完全ガードの高級マンションのくせに、各戸に電話がないというのもちぐはぐな感じがするが、コロンビアの電話事情はそこまで悪いということだ。
わたしはまず、商社の駐在員に電話した。幸い彼は在社していた。紹介状は届いていたらしいが、彼の話し振りからすると、どうもあまり歓迎されていない様子だった。紹介してくれた友人も、直接彼を知らなくて、テレックスで頼んだだけだった。どこの馬の骨がやってきたのだという気持ちだったのだろう。だが、なんとか翌日の午前十一時に訪問する約束は取り付けた。
音楽ライターの方もかけてみたが、こちらは不在だった。
ふたたびエバの部屋に戻った。彼女はわたしが汗臭いからシャワーを浴びるように言った。前日、ロサンゼルスでトランジットしたとき、待ち時間が十六時間あったので、空港近くのホテルで仮眠した。そのときシャワーを浴びたが、それから丸一日経っている。
エバは昔から匂いには敏感で、少しでも汗臭いと「シャワー、シャワー」とうるさかった。エバ自身も、一日何回もシャワーを浴びていた。劇場の仕事をしていると、出番や客がつくたびにシャワーを浴びることになる。一日十何回浴びることもあっただろう。それで癖になったのかもしれない。
「オーケー。もう熱いお湯が出る」とエバは言った。少し前に温水タンクのスイッチを入れておいたらしい。電気代をケチって、利用するときにしかスイッチを入れないところがエバらしい。
ベッドルームの奥にトイレ、洗濯機置き場、シャワールームがあった。シャワールームは、その一番奥にあった。浴槽はなく、シャワーだけだった。
お湯はたっぷり出た。置いてあるエバのシャンプーを使い、頭を洗い、石鹸でざっと身体を洗った。わたしはいつもカラスの行水だ。別に浴槽があってもなくても変わりはない。
石鹸が置いてある場所にカミソリもあった。男物だ。男が出入りしているのか。一瞬気になった。しかし、洗面所でなくシャワールームだ。脇毛を剃るためのものだろうと自分を納得させた。そのほかには、男物は見当たらなかったからだ。
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