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一時間もしないうちに眠くなってきて、気がついたらテレビを点けっぱなしで寝ていた。十時半を過ぎている。エバはまだ帰ってきていない。なにが「九時には帰る」だ。
よく考えてみれば、こんな夜遅くに大学に行くのもおかしい。女友だちと、こんな夜遅くまで話し込んでいるということもないはずだ。いくら地元の人間でも、それは危険すぎる。たぶん、男とどこかに行っているのだろう。
腹が立ってきたのと退屈なので、エバには悪いと思ったが、少し彼女の部屋を「探検」させてもらうことにした。
本棚には、わたしが刑務所に差し入れたスペイン語の心理学の本はなかった。強制送還されたとき、荷物の量が制限されていたので、捨てたのだろう。付き合いだしたころに買ってあげた分厚い西日辞典はあった。これは「日本語を勉強したい」と言われて買ってやったのに、荷物になるからとすぐに宅急便でコロンビアに送ってしまっていたものだ。だから残っているのだろう。
テレビの横の整理棚をこっそり開けてみた。さっき見せてくれたアルバムがあった。よく見てみると、写っている男は三人だった。一人は四十過ぎの中年おやじ。黒ぶち眼鏡をかけた小太りの男で、お世辞にもかっこいいとはいえない。こんな男とまともに付き合っていたとは思えない。おそらく、よほど金払いがいい客だったのだろう。
もう一人は、上半身裸で筋肉を盛り上がらせているデブ。ホテルの部屋で撮ったのだろう。発展途上国の女は、概してデブに対して寛容だ。やせてガリガリの男より、多少太っている方が男らしいとたいていの女は言う。しかし、いくらなんでも、こんなデブは金を払わなければ相手にしないだろう。
あと一人は、三十くらいの地味な男。とりたててかっこよくもなければ、悪くもない。特徴のない平凡な感じの男だ。エバは刑務所に、わたしの他に「水戸の男」が一回だけ面会に来たと言っていた。彼女の本名を知らなくては面会できないから、エバが教えていたことになる。
わたしと付き合っていたころは、エバはわたしとマネージャーしか彼女の本名は知らないと言っていた。わたしのあと付き合っていたという男はコイツなのだろうか。写真を破って捨てたくなった。
だが、そんなことをすれば、ただでさえ微妙なエバとの関係が、修復不可能になる。アルバムをそっと元に戻した。
しばらくしたら、鍵をガチャガャ開ける音がして、エバが戻ってきた。
わたしは戻ってきたエバに「遅いじゃないか」と少し怒った口調で言った。エバはとくに弁解もせずに「ごめんね」とだけ言った。「お腹空いてるの?」とエバが聞くので、「空いてる。お昼から何も食べてない」と答えた。実際、昼にエバが作ってくれた食事のほか、何も摂っていない。まあ、時差ぼけで眠たくて半分くらいの時間、眠っていたからあまり腹が空かなかったのも確かだった。
「わたし、食べた。お昼のご飯まだある。リュージ、食べる?」
「食べる」
こんなに遅くなったのだから、誰かと食事してきたのは当然だろう。しかし、わたしの食い物くらい何か買ってきてくれてもよかったはずだ。エバのアパートの冷蔵庫には、ジュースと卵が入っているだけ。あとは食パンがある程度だ。およそ女の子の部屋の冷蔵庫の中身とは思えない。
自分で何か作ろうと思っても、何も材料がなかった。九時ごろ帰ると言ったので、エバが帰ってからどこかに食べに行くつもりだった。だが、もう遅い。こんな夜中に出かけるのは、初日としては危険な行為だろう。
昼と同じ物をまさか食べることになるとは思わなかったが、仕方なく残り物を温めて食べた。内臓料理は好きでなかったが、これ以外ないのだからしょうがない。
「どうだった。大学は。オーケーなの?」
「まだ、分からない。今日、シャチョウ休み。だから、あさってまた行く」
話がやはりおかしい。目的だった学長に会えなかったのなら、すぐに帰ってきていいはずだ。友だちと会ってたとしても、一、二時間で用は足りる。十一時過ぎまでいっしょにいたのだから、絶対に男に違いない。
「エバ、あなた恋人いる?」
再度聞いてみた。
「ノー。いない、友だちだけ」
半分は信用してなかったが、わたしがこの部屋に寝泊まりしている以上、わたしの方が有利だ。エバがわたしをホテルでなく自分のマンションに泊めると言った時点で、彼女に今どんなボーイフレンドがいようと、わたしの方がより身近な存在だと思った。あとは今夜、彼女を抱き、完全に自分のものにするだけだった。
「エバ、イエロー(氷)ある?」
わたしは免税店で買ってきたシーバースリーガルの封を開けた。エバも飲みたいと言う。二人でシーバースをロックで飲みながら、CDを聞き始めた。エバはまた、中島みゆきのCDをかけた。よほど気に入ったらしい。
「リュージ。これ、ベリーグッド。ありがとう」
「あっちこっちに行って買ったんだよ」
中古CD屋を何ヶ所も回った甲斐があったというものだ。
「エバ、明日サルサのCD買いたい。今度はあなたヘルプ。探してるのはこれ」
わたしは以前から探していて、日本で手に入らなかったCDのリストを彼女に見せた。エバは「オーケー」と言った。
「あと、この人に電話したい。お昼に電話した彼ね。もう一回電話する」
「オーケー」
エバはわたしがメモした音楽ライターの電話番号に電話した。しばらく話していたあと、電話を切ってから言った。
「彼、もう日本に帰った」
「え、本当。しょうがない。オーケー」
コロンビアの現状を、在留日本人がどう見ているのか、何人かから聞きたかった。たぶん、明日会う商社マンは運転手付きの車で移動し、メイドを何人も使うという、日本では考えられない豪華な生活をしているだろう。ゲリラや強盗に狙われるのを防止するため致し方ない面もあるが、それではわたしが聞きたい一般庶民の生活が実際どうなのか分からない。
その点、たぶん音楽ライターは普通のコロンビア人と同じ生活をしているに違いない。そういう庶民的な生活をしている日本人は、ほかにツテがなかった。ぜひ会いたかった人だが、帰国してしまったのではしょうがない。
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