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普通には、外国語を習うには恋愛するのが一番だと言われている。だが、外国に留学したときなら当てはまるが、日本で知り合った女の場合には、中途半端に話すと『浮気者』だと思われて、逆効果の場合が多いのだ。それで、不法滞在が長引くにつれて日本語がうまくなっていったエバに比べ、わたしのスペイン語はほとんど上達しなかった。
エバと別れて、ディスコなどでいろんな女の子と話し出してから、少しずつ上達していった。だが、それもある程度、日本語を交えながら意思疎通が出来るのであって、まったく日本語が出来ない現地人と深い話をするのは無理だった。
「だって、エバがスペイン語勉強しちゃダメだって、いつも言ってたじゃないか。だから、話せないんだ」
「ここはコロンビア! だから、あなたスペイン語話す」
「……」
沈黙がしばらく続いた。獄中や国際電話で、「コロンビアにいつ来る?」と何度も言われて、なけなしの金をはたいてやって来たのだ。ころころと態度が変わるエバに、心底腹が立った。しかし、揺れ動く彼女の心の奥底に、二年間、日本で受けた心の傷があるのは確かだった。
ビールを追加して飲んでいると、エバが暗い顔をして言った。
「リュージ、わたし、もうセックスしない」
さっき、あれほど燃えておいて、いまさら何を言い出すのかと驚いた。
「あなたとのセックス、気持ちよかったよ。でも、わたし、トラウマある。トラウマ、分かる? サイコロジーの言葉」
「分かるよ」
「わたしには、いくつものペルソナ(人格)ある。日本にいたとき、わたしは『ビッキー』だった。プータだった。でも、いま違う。エバ。あなたとセックスすると、日本での仕事のこと、思い出してしまう。もう、忘れたと思ってたのに、思い出してしまうの。分かる」
「分かる」
「分かってない。あなた、今朝のこと覚えてる? 飛行機でわたしの横にいた男。彼、飛行機を降りるときに、わたしの手を握って、こう言ったのよ。『今度、遊ぼうな』って。日本人のあなたと一緒にいたから、プータだと思ったのよ。わたし、悔しかった。ホントは怒鳴ってやりたかった。でも、わたしが怒鳴ると、みんなに分かってしまうでしょ。だから、わたし、ニコッと笑って我慢した。このわたしの気持ち、分かる?」
「……」
「リュージ。あなた、スペイン語、どうして勉強しない。ここコロンビアで、わたし、日本語話すの恥ずかしい。日本語、話すと、『ああ、彼女、日本に行ったことある。プータだ』と、みんな考える。今日も、タクシーの運転手、ガイドの男も聞いた。『どうして、あなた日本語分かる』って。『わたし、大学で日本語勉強した。それで少し日本に観光に行った。そこで彼と知り合った』と言った。でも、たぶん信じてない。プータだと思ってる。あなた、スペイン語話してよ」
日本語ではなく、スペイン語でわたしたちが会話していたなら、コロンビアで知り合ったとごまかせると思っているらしかった。しかし、わたしのスペイン語が上達しなかったのは、ほとんど彼女のせいであった。
出会った当初は、彼女も来日して半年ほどで、日本語はうまくなく、わたしとはカタコトのスペイン語と日本語で意思疎通を図っていた。しかし、付き合いが深まるにつれて、彼女はわたしにスペイン語を話したり、勉強することを禁じた。スペイン語がうまくなると、ほかの女と仲良くなると嫉妬したのだ。
気がついたら、八時を過ぎていた。早めに夕食を摂らないと、食いっぱぐれてしまうおそれがあった。エバを揺り起こし、「食べに行くよ」と言った。彼女も事態を察したらしく、跳ね起きた。
ホテルにもレストランはあったが、それではいかにも芸がないし、ここでは一番高級なホテルだけに、ほかで食べるよりも割増になると思った。昼食を摂った店もいいが、どうせなら街まで行って食べたかった。
「街まで行こうか」とエバに尋ねると、「遠い。さっきのジープのオバさんの店、すぐ近くにある。そこにレストランある」と言った。街まで出るとなると、十分ほど歩くか、車を呼ばなくてはならない。それをエバは面倒くさがったのだ。
わたしはエバに妥協した。例のオバさん運転手の店は、ホテルのすぐ隣りにあった。しかし、薄暗くて、とても営業しているようには思えなかった。お客も誰ひとりいない。エバが声をかけると、運転手のオバさんが顔を出した。
ビールを頼み、料理はエバに任せた。しかし、四品ほど出てきた料理の味は、いまいちだった。寂れているのも分かるような気がした。
「リュージ、あまりおいしくないね。ここ」
エバも同じことを感じているらしかった。オバさんとエバが何やら話していた。そのあと、彼女が言った。
「リュージ、彼女、あんな高いホテル、キャンセルして、わたしのところに来なさいって。ここなら二十ドルでいいって」
「でも、あんまりきれいじゃないみたいだよ。それに明日の夜には、カリに行かなくてはならないだろ。断っておけよ」
「そうね」
部屋までは見ていないが、ホテルというよりは、民宿みたいな感じだった。客は誰も泊まっていないように思えた。何日も逗留するつもりならいざしらず、一日だけなら、いまのホテルで充分。わざわざ宿替えするほどではなかった。
ホテルに送ってもらい、部屋でシャワーを浴びて、たっぷりかいた汗を流した。短パンとTシャツに着替え、さっぱりしていると、同じくシャワーを浴びたエバがベッドに横になった。
なんか様子がおかしい。いままでわたしを寄せ付けようとしなかったのに、どうも誘っているように思えた。試しに彼女を引き寄せてみると、抵抗しない。彼女のTシャツを捲り上げて、ブラジャーからはみ出た乳房に舌を這わせたら、「アハッ」という声をあげた。
「リュージ、今日、わたしの誕生日。覚えてる?。去年も一緒。わたしたち、いつも一緒ね」
「そうだな」
一年前も、トラブルはありながらも一緒に過ごした。今日の誕生日を、本来なら恋人のコロンビアーノに祝ってもらっていたはずだ。しかし、彼女はわたしを選んだ。
「これは、やる気充分だ」と思ったわたしは、ブラジャー、Tシャツ、短パン、パンティーと、次々彼女の衣服を剥ぎ取っていった。まったく抵抗しない。バギナをまさぐると、すでにぐっしょり濡れていた。見知らぬ観光地にやって来た開放感が、彼女を積極的にさせたのだろうか。それとも、初めから旅に出たらセックスするつもりだったのだろうか。
どちらでもわたしはよかったが、彼女の気が変わらぬうちにと思い、あわてて短パンと下着を脱いで、彼女の秘所にペニスを貫いた。「アッ」という声を挙げながら、彼女はわたしのモノを締め付けてきた。二日目の夜以来だったので、わたしのモノは元気充分だった。三十分ほど、汗みどろになって、ふたりは果てた。ぐったりして、そのままわたしたちはしばらくまどろんだ。
十分ほど休憩して、また歩き出した。すると、エバがこう囁いた。
「あのガイドの男。わたしにあの日本人、おかしいっていうのよ」
「おかしい?」
わたしは彼の英語の説明を生返事していたので、それで頭が悪いのかと思われたのかと思った。
「日本人は、みんなグループで来る。でも、彼はひとりで来た。だから、おかしいって言うの」
コロンビアではカルタヘナ、サンアンドレースと並ぶ観光地だけに、こんな辺境の地にも日本人は来ているのかと思った。だが、やはり日本人が集団でしか行動できないということを、こんな辺境の地のガイドが知っているほうが面白いと思った。コロンビアまで、たったひとりで女を追いかけてくるなんて、やっぱりわたしのほうが変わっているのだろうか。
一時間ほどかかって、元のゲートのところに戻った。その入り口のところに小さな「考古学博物館」があった。ここは、サンアグスティンの先住民文化についての説明や、墓から出土した副葬品、装飾品、土器などを展示してある建物である。たいして見るべきものがなかったし、スペイン語のパネルを読んでもさっぱり分からないので、ざっと流して通りすぎた。
すでに、迎えのジープを予約した五時少し前になっていた。もう終わりかなと思ったら、ガイドのじいさんはわたしたちを、その向かいにある「台地D」と名づけられた庭に連れていった。そこにもいくつかの石像が並んでいたが、「パルケ」にあったものとほとんど同じだったし、時間もなかったから、「もういいのに」という気持ちで付いて行った。
じいさんの案内が終わったのは、五時十分を過ぎていた。ほかのガイドはもう誰もいなかった。約束のガイド料、一万五千円を払う段になったとき、じいさんは「英語とスペイン語、両方で説明したので疲れた。割増料金をくれ」と要求した。やっぱりきたかと思ったが、二倍しゃべらせたのは確かなので、三千ペソ上乗せして、一万八千ペソ払った。
金を払うと、じいさんは「明日はどうするのか」と聞く。ジープで回るつもりだと言うと、「ジープにはガイドが付いていない。一日三万ペソでガイドしてやるからどうだ」と言った。これ以上、たかられても嫌だし、説明を受けてもエバはともかくわたしには分からないので、金の無駄だと思った。エバはガイドしてもらいたそうだったが、はっきり「ノー」と言うのも気が引けたので、「考えてみる」と言うと、「わしの連絡場所はここだ。明日の朝までだいじょうぶなので、その気になったら電話をくれ」と言って、紙に電話番号を書いてよこした。電話するつもりはなかったが、いちおう「グラシアス」と言って、じいさんと別れた。
出口を出てみると、ジープがいなかった。さては時間が過ぎていたので行ってしまったのかなと思った。エバに「歩いて帰ろうか」と相談しているときに、オバさんの運転するジープが登ってきた。やっぱりコロンビア時間だった。
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